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考察と大量の引用。
2012.02.03.17:31
2012.01.14.10:58
2011.12.26.15:04
<癒す知>への期待が高まると、ある種の宗教が掲げる途方もない夢に転ずることがある。また、宗教の掲げる途方もない夢が、人びとの<癒す知>への期待を呑み込んで膨張することもある。オウム真理教の中には<癒す知>や「科学と宗教の統合」といった理念に、強い関心をもった経験がある人びとが少なくなかった。また、大正時代に『変態心理』誌の森田正馬や中村古峡が「迷信打破」に使命感を抱いたのもごく自然なことに思えてくるかもしれない。<癒す知>の運動が掲げる知の妥当性について厳しくチェックし、怪しいものは排除した方がよいという考え方だ。(中略)
しかし、現代の環境問題や医療が抱える諸問題を無視することができない現代人にとって、近代科学や近代的な制度を支える知の限界は、やはり霊性に見定めておくべき事柄である。そして近代知ではカヴァーしきれない領域に、何らかの認識システムの網をかぶせようとする試みを、すべて「迷信」として抑圧したり、笑い飛ばしてしまうわけにもいかないだろう。
(p.259)
2011.12.25.16:16
ここに森田の精神療法の考え方のエッセンスがある。つまりわれわれは自分を知ることによりより不安を解消したり、コントロールすることが本当に出来るのか、われわれの精神の活動を自分の都合のよいように操作できるのか、そのように心を支配し操作しようとすること自体がわれわれの悩み、苦悩の原因ではないのかと森田は鋭く問う。
(p.155)
2011.12.23.10:31
My understanding of psychology as a discipline was more integrative than the reality of the field .
(p.90)
2011.12.23.10:05
しかし、もし私たちが経験している出来事を、瞬間瞬間”サティ”で捕らえてフィルムのようにバラバラに切り刻んだら・・・・もうそこには「物語」は分断されて存在しない。その苦しみの「物語」に巻きこまれている「私」という感覚も、実は錯覚でしかなかったということに気づけるでしょう。
(p.24)
2011.12.23.01:53
だれかが私たちの悪口を言ったとき、もし相手がなぜそのようなことを言うのかわかっていて、その言葉を深刻に受け取らなければ、こころはまったく動揺しません。こころにしこりは生じないのです。しかし相手がなぜそのような悪口を言うのか理解できないでいらだってしまうと、こころのなかにしこりが生じます。
(p.81-82)
2011.12.23.01:12
ワヤンというのは英語が話せるバリの呪術師で、来日したとき二週間いっしょに生活し、その霊感や生活態度に感銘を受けた。彼が帰国した晩、伝授された瞑想を一人で実践すると、指先がビリビリする、失神するなど初めてのことが起こった。気持ちはいいし、気分は落ち着くので、それから毎晩瞑想するようになった。、一瞬間ほどして、バリの最高神のビジョンが見えるという神秘的な体験を得る。しばらくして今度は、すごい恍惚感に包まれる体験がある。
(p.59)
2011.12.23.00:52
ヴィパッサナー瞑想の効果を三つに大別してみました。
☆能力開発系
*頭の回転が速くなる
*集中力がつく
*記憶力がよくなる
*分析力が磨かれる
*決断力がつく
*創造性が開発される
☆経験事象の変化系
*現象の流れがよくなる
・トラブルが解決する
・人に優しくされる
・健康になる
☆心の変化系
*苦を感じなくなる
*怒らなくなる
*不安がなくなる
・根本的に解決する
*執着しなくなる
・静かに達観する
(p.7-9)
2011.12.22.14:40
逆に、念と智慧が突然、速やかに活発に進歩して、修行がうまくいくと、
「まもなく智慧が一段上がる」
と期待し、喜びます。
そのため、修行が後退してしまうこともあります。
(p.113)