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5月31日のイメストボックス

2009.05.31.23:06

最近のイメスト漬けが影響しているのかわからないが、泣きまくる夢を見た。
泣いて、しばらくして飽きて、もう一度思い返してみて泣きまくる。それの繰り返しの夢。

怖くて逃げる夢とかはいっぱいあるのだけど、今まで泣いた夢を見たことはなかったので不思議な感じだ。
なんとなく、潜在意識と顕在意識の関係性 が変化してきたのかもしれない。


さて、久しぶりに皆で集まってイメストをやるオフ会を開いた。
今回はいつもの面子にミームの死骸を待ちながらの管理人であるHashさんも参加することになり、男5人のすさまじい様相に。
結果としては非常に充実した時間を送ることが出来たと思う。(ちょっと疲れたけど)

終わってみて思うのは、やはり一人でイメストをするときより二人以上のほうが圧倒的に良いということだ。
僕は最近毎日イメストを朝晩とほぼ欠かさずやっているけど、それと比べても集団でやったときの効果は計り知れないと思う。

なんとなく精神的抵抗の大きいイメストだけど、集団でやればやらざるを得なくなるし、一度に二人でやるとか、全員でやるとかいった複合技をすることが出来る。また、自分に起きた変化などをすぐさまフィードバックして話し合うことが出来るのもとても大きい。

実際、集団でやったイメストの直後はものすごく効果を感じる。それは今日初めてきていただいたHashさんも仰っていたことだからほぼ間違いないだろうう。脳に反応を感じ、目に見える風景は美しく、色とりどりで印象深く、音と空間が立体的に感じる。

最近皆自分のことで忙しくなってしまってあまり会えなくなってきていたが、二週間に一回くらいこういう機会がもてればすごくいいと思う。

ちなみに自分が見たイメージの中で面白かったのが、その風景に違和感を感じることが普段よりとても多かったということ。
まだ言語化できない感情なのだけど、言葉やイメージと向き合っていく中でそれを今以上に直視できるようになっていけれれば良いなあ。
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theme : 自己啓発・能力開発
genre : 学校・教育

No.134 冨山 和彦, 松本 大 「この国を作り変えよう 日本を再生させる10の提言」

2009.05.31.21:46




読書時間:25分(初回)

軽い対談本なのであっさり読めるということもありおそらくすでに3回くらいは読んだ。
これは僕みたいな若い人間ほど読んだほうが良いと思う。逆に団塊の世代の方々は怒りだすかもしれない。そのくらい、この本の中では団塊世代の既得権益が叩かれ、若者が擁護されている。

思えば僕の世代はゆとり世代と散々馬鹿にされてきたわけで、なんだかいきなりこんな風に擁護されるとむずかゆい気持ちにもなるのだけど、今日からのやる気を出させてくれるという点で素晴らしい。

元々この本はこの間お会いした藤沢烈さんに紹介してもらった本であり、少しこの本の内容については事前に聞いてはいたのだが、やっぱりなんだかんだで読んでよかったなと思った。

theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

No.133 K.ブランチャード, S.ジョンソン, 小林 薫 (翻訳) 「1分間マネジャー―何を示し、どう褒め、どう叱るか!」

2009.05.31.12:50




読書時間:25分

ストーリー調だけど手軽に読めて、内容は実があるという是非自分が本を書くときはまねをしたい本。
自分にとっては、この本が褒め方だけではなく叱り方について触れている点が素晴らしかった。

僕はアルバイトをしているとき(個別塾講師)、褒めることは多用するけど叱ることはほとんどないと思う。
自分でもなんでなのかなと再考してみるに、僕は今一他人の叱り方というものがわかっていないのであった。
叱ったり、自分の怒りを伝える場合、それをどう直接的になるべく効果的にするかという視点が今までの人生で欠けていたように思う。

それゆえ、過去にはいらないイライラを抱えた上にちびちびとそれを出す形で他人を攻撃したりなどのみっともなさすぎる行動をしたこともあった。深く反省したい。

現代のパラダイムでいえば、これはアサーティブの技術であり、そしてそれの効率性を考えた本である。
そしてこれを取得し、他人に影響を及ぼしていくことが自分にとっての精神的自立に繋がるのだろうと思う。

theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

No.132 マーク ピーターセン 「日本人の英語 」

2009.05.31.09:38




読書時間:40分

僕はICUというところに属している関係上、否応なしに英語というものを意識してしまう。
そうした環境の中で、僕はさして得意でもない英語を使う状況に追い込まれるのだけど、普段英語に対して疑問に思う物事の数々を理解するためのヒントがこの本には詰まっている。

特に前置詞や副詞、定冠詞に関することなど、日本の教育では「些細なこと」と切り捨てられそうなところに英語という言語の特殊性があると著者は指摘する。
たとえば、われわれ日本での標準教育を受けた人々が後回しにしがちな定冠詞こそ、むしろ名詞よりも先に考えられるものであるという。

これは驚きである。

いや、改めて考えると確かにそうなのだけど、英語という言語を使うということはその数や立場(すでに触れられているものか、そうでないか、それとも概念としてなのか)などを明確化する必要があるのだ。
僕は西洋文化(というか英語圏)の一つの特徴に「物事の対象化」があると思っているのだけど、案外彼らのその性格は言語によるところが大きいのかもしれない。


ちなみにこの本はご本人(非日本語ネイティブ)が書かれたということで、僕も英語でこの日本語くらいの文章が書けるようになりたいなあ。

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genre : 本・雑誌

No.131 松岡 正剛 「知の編集術」

2009.05.31.05:00




読書時間:25分

知人に松岡さんの編集工学の授業を受けたという方がいて、かなりおすすめということだったので取ってみたのが本書。

この本は端的にいって、「編集」という思考のフレームワークを読者に導入するためのものだと思う。

僕は正直1回さらっと読んだときは単純に世の中にある事象を「編集」という切り口で捉え直しただけのものではないか?と穿ったが、あとあと考えてみるに「情報は編集されているものであり、また編集しなおすことが出来るものである」と考えることは非常に有意義だと感じた。

特にそれを意識させられたのは編集の中の”再編集”というものを考えたときにであり、たとえば彼の読書法である「まず目次を見てみてそれから内容を想像し、自分の想像と実際の内容のギャップを把握する形で読んでいく」というのは再編集以外の何者ではない。そしてこのことを意識することによって、インプットにもアウトプットにも良好の影響が出るのだろうと僕は期待するのだ。

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genre : 本・雑誌

No.130 斎藤 孝 「天才になる瞬間―自分の中の未知能力をスパークさせる方法」

2009.05.30.23:54




読書時間:25分

古今東西の天才的な人物を天才たらしてめていた要素を、それぞれのストーリーを追うことによって紹介していく本。

僕の中では特にビート武の部分が気に入った。別に僕は北野武がそれほど好きというわけではないし、映画もそこまで見たことがないのだけど、キャラとしての人格の使い分けという発想が素晴らしい。これは僕の好きなミュージシャンであるエミネムにも通じるのだけど、自分が日常的に想定している力以上のものを発揮したり、二つ以上のことで優れたいと思った場合はやはり自分の中に仮の人格を作り出す必要が多くの場合あるのだろう。僕も二つ以上の名前を持つ人間にまずはなり、そしてそれを自己として認識させる形での能力開発が一番効果があると思うから(つまりモデル思考)、思わず裏づけを得たような気分だ。

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genre : 本・雑誌

No.129 安藤 治 「心理療法としての仏教―禅・瞑想・仏教への心理学的アプローチ」

2009.05.30.20:54




読書時間:1時間

イメージストリーミングをやっているとどうしても東洋的思想を意識せざるを得なくなってきて、もともと東洋にはあまり興味もなかった西洋かぶれの僕(まあICUに入るくらいだし)もついに本書のようなものに興味がでるようになってきた。といっても、この本は西洋的な視点から見た東洋という感じなので、正確には僕の思考パターンは全然西洋的なものに侵されているわけではあるが。

さて、この本はタイトルの通り、心理療法にいかに仏教的なアプローチ、思想が有効かということを示している。もしかしたら一部の人には突飛な内容に映らなくもないのかもしれないが、もともとイメストや肥田式などをやっているだけあって、すんなりと理解することが出来た。

特に、仏教とは関係ないところだがユングが「積極的連想法?」(正確な名前は忘れた)とやらを提唱していてそれがイメストにものすごい似ている。
もしかしたらウェンガーも明言しているのかもだけど、イメストの源流というのはユングにあるのかもしれない。
また、このことからイメストの精神両方的なアプローチとしての有効性も垣間見えることが出来る。

それと、僕は瞑想というものの全体像をまったく把握していなかったのだが、この本を読むことでとりあえずこういう手法を土台にしたいくつかの種類の瞑想があるよと理解できたのはすごいよかった。特に普通にイメージする瞑想とヴィッパッサナー瞑想の意義が自分の中ではっきりして、ヴィッパッサナーという単語を初めて聞いたのは去年の終わりくらいだったかと思うけど、自分の中で興味が出てきた。
結果として、何か嫌なことがあったときなど自分の内部観察に努めるようにもなった。今度イズモさんみたいに寺にでもいって1週間くらいこもってこようかな。

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genre : 本・雑誌

現状報告

2009.05.28.06:57

今週はブログを更新している時間があまりないので取り急ぎ。

ちょっとここ最近ブログのほうはご無沙汰してましたが、特に習慣を崩すこともなく元気にやれてます。
とりあえず今のところ朝と夜のイメスト(日によっては+アルファ)、毎日の肥田式、それから昨日から朝起きてジョギング始めました。ここらへんは挫折率が高そうなので、ちょっと工夫が求められる感じです。
ちなみに脳の反応に関してはすごぶるよいです。やっぱりなんだかんだで毎日続けるということがとても大事っぽいです。

あと、最近1日1冊ペースをかろうじて程度だった読書を2冊に戻しました。
やっぱりこっちのほうが読んだという気がするというか、一日2冊読もう!と思うと意外に1冊で良いと思っていたときより意識が高くなるというか、読もうという気になってすぐに読み終わるのが不思議です。

とりあえず今週末の学校の宿題を片付けたり、今個人的にやろうとしているプロジェクトの概要をまとめたり、会う人リストを作るなどしたあとの土曜日くらいにまとめて更新できたらと思います。

皆さんも良い日々をお過ごしください。

藤沢烈さんと会ってきた

2009.05.24.19:01

藤沢烈さんと会ってきた。

烈さんとお会いするのは今回が二度目。
一度目の時は、サキヨミの公開インタビューの時にちょこっとお話させてもらっただけなのだけど、今回は僕のサークルの面子とともに3時間にも渡ってお話させていただくことが出来た。

いやもう、「僕のこの短い人生経験の中で」という枕詞はつけておくが、”人との出会い”という点においては多分今までで一番刺激的な体験だったと思う。
今までも自分の枠内の中で素晴らしい刺激を受けるということは何回かあったけれど、今回は枠をはみ出してしまったような、そういう感覚。

そもそも、元々インタビューの時間を1時間半も取ってくださったことにも感謝の気持ちでいっぱいなのだが、結局3時間くらい話し込んでしまっても烈さんは特に嫌な顔をすることなく応じてくださった。
また、この後も是非keep in touchしていきましょうと仰ってくれるなど、こちらとしてはいたれりつくせりというか、正直ここまで学生に対して好意的に接してくれる人に会ったことがなかったので逆に戸惑ってしまうくらいだった。

そういえば僕が比較的能動的に動き始めたのは本当に最近になってからで、それまでは自分がこんな人生を歩むとは思ってもいなかったが、今こういう体験を重ねている中でかつての自分にはない、新しい価値観、新しい人生への展望がちらちらと見えているような気がする。

それらは結構な確率で単なる錯覚・蜃気楼・気のせい・気の迷いだったりするのだろうけど、でもその中になんらかの価値が含まれているということを僕は祈っており、それを大事にしながら今後も能動的に活動を続けていこうと思う。

烈さんと話した中身については後日このブログで書いたり、サークルのほうのウェブサイトに掲載したりしていく予定だが、しばらくは今日受け止めたものを自分なりに咀嚼して、自分のものにしていきたい。


ちなみに帰りはその後用事のない仲間たちとスタバ、すき屋をハシゴして語り合い。
僕も含め心の中の何かが疲弊していたので(笑)ちょっとぐだぐだしてはいたけど、皆今日ここに来てよかったということで意見が一致したのは憶えている。
お互い自分の望みに向かって突き進んでいくことを確認し、それから電車に乗って少し乗り過ごしたりして、僕は今家についてこれから明日までの宿題をやろうと臨んでいる。

今日もつくづく、素晴らしい一日であるなあと思う。


最後に、烈さんへ最大限の感謝を。
是非また近いうちにお会いしましょう。

”相対化”の先にある”立体化”された理解

2009.05.22.23:02

理解とは相対化によるところが大きいのではないか、と思う。

というのは僕はICUに入って日本語というものを改めて考えさせられる機会が増えたからで、そのせいで思わず古代日本文学の授業を2回もとってみたり、古今日本文化に関する授業をやっぱり2回とってみたり、うっかり最初あまり取る気もなかった現代日本文学の授業を取ってしまったりしたのだ。

英語なんて高校生の頃はただの受験科目の一つくらいにしか考えていなかったが、英語と日本語という二つのずれた視点を持つことで、目の前に見える風景が立体化する。
そう言い切ってしまうのは多少格好をつけすぎているかもしれないけれど、でも確実に1つを学んでいるときには得られないものが得られるのだと思う。

これは学業と仕事においても同じことが言えるのではないかと僕は考える。
仕事といっても学校のあとにやる比較的軽いバイトではなく、たとえば1年がちで働いてみるような類の。

うちの学校では不幸なことに休学することにお金がかなりかかるので(30万くらい?)これはなかなか厳しい情勢で、僕の周りにいる人間もそれについては不満を唱えている。

僕はここ最近になるまで休学なんて選択肢考えたこともなかったので、当初は「あーそうなんだー」という感じで軽く流していたけれども、しかし最近になって学業と仕事の繋がりなどを考えてみるにつけ、仕事を知るためにも、学生の”仕事”とも呼ばれる学業をさらに違う視点で見るためにも、一度学業から離れてからまた学業をするという経験はとても貴重なものだと思うのだ。

日本では悲しいことにこれは難しいことになっている、というより一般的な社会モデルとして認知していない。
ガッツのある社会人の諸兄は一度会社を辞めたり、長期のお休みを取って再び大学に戻るということも可能だろうが、やはり日本全体で見ればそれはレアケースなのであり一般化には程遠い。
実際社会人になってしまってからはリスクも大きくなるのだろうし、特にこの不況と呼ばれている状況下では往々にして正しい判断ではないということもおおそうだ。

だからこそ、学生のうちに学業から仕事へ、仕事から学業へ、という体験をしておくことは大変貴重なものになると思う。
一度仕事をまじめにやってみて、それからわかる学業の価値もあるだろう。
あるいは、仕事のほうが面白すぎて学業のほうにより興味を失ってしまうかもしれない。

しかしどちらに転ぶにしろ、好奇心を満たしたり、充実感を味わったり、世界観を広げたりするという意味で、休学という選択肢はもっと視野に入れられてもよいと思う。


♯以上、僕の友達が言っていたことに最近毒され始めた僕がお届けしました。

やる気に関して

2009.05.20.15:04

やる気は上げるとあらゆる方向に拡散するので、それを力を振り絞って一つの対象にとどめなければならない。

仕事に関して

2009.05.20.11:57

「自分の直感に沿ってやっていることなら、たとえ傷ついても復活することが出来る」
TABLE FOR TWO代表の小暮さんがこう仰っていたのが記憶に残る。

ビジネスサークルに入ったよー

2009.05.20.11:46

下の記事でちょっと触れたが、このたびICUのビジネスサークルに入ることになった。
半年前では想像も出来なかったことだが、そういう予想外のことが起きるのもなかなか楽しいことだ。

んでその活動の一環として、Table for Twoという”稼ぐ”NPO団体の経営者である小暮さんのお話を伺ってきた。(Web: TABLE FOR TWO)
簡単にいうと、20円ご飯を高くして野菜を増やし、その20円を貧困国に送るというプラン。TABLE FOR TWOという名前はこちら(富裕国)の食卓とあちら(貧困国)の食卓は繋がっているとしたもの。

野菜をいっぱい食べたい僕にはとても魅力的な事業プランに映ったし、日本発の活動というのも魅力的だ。
そんな思いで小暮さんの下へ向かったのだが、一番驚かされたのは自分と一緒にインタビューに訪れたビジネスサークルの仲間の熱意。

僕はまだそこまでコミットしていないということもあり、NPO団体としての姿勢に共感し興味を抱きつつも比較的ジェネラルな態度で挑んだわけなのだけど、実際に小暮さんにTABLE FOR TWOの絵本のサンプルを作ってきた人もいたりして、同じ学生でもやるやつは色々やるのだなあと感心してしまった。

サークルとしては今後もTABLE FOR TWOには主に海外ページの文章作成などで関わっていくことになりそう。
僕が充分にコミットできるかはおいといて、今後の推移を見守っていきたい。


ちなみにビジネスサークルのほうのWeb site: Global Catalyst
まだ出来たばかりなのだけど、これからどんどん追加されていくはずなのでそちらの方面に興味があれば。

No.128 小暮 真久 「“想い”と“頭脳”で稼ぐ 社会起業・実戦ガイド 「20円」で世界をつなぐ仕事」

2009.05.20.11:26




読書時間:20分

先日僕の所属しているビジネスサークルの活動としてインタビューさせていただいた小暮さんの著作。
小暮さんはTable for twoという日本発の社会企業ビジネスの代表者を務めていらっしゃる方であり、お会いした印象としてはとても良い方で、僕としても非常に話しやすかった。

TFT(Table for Two)の概要うんぬんを抜きにこの本のつくりにだけ着目して話すと、さすが元マッキンゼーというか、日本のNPOに関する著作って結構感情論が多い印象があるというか、文章がもっとまとまっていないような印象があるのだけど、この本の構成は”売れてるビジネス書”のようになんともわかりやすい。
ロジカルに書いていてくれているのでこちらも読みやすく、しかも文章に熱さがあるという点でただのロジカルを追求した文章より心が動かされる。
自分が文章を書くときはロジックという点、パッション(ストーリー)という点、両方を大切にしていきたいなと思わされた。

それにしてもコンサルタント、という仕事は幾分左脳的すぎる(このくくりは便宜的なので実際には~とか叩かないで!)というか、そういうところが今一性に合わないような気がしていたのだが、コンサルタントを出て活動をしている方には”思い”の部分も大事にしている方が確実にいるとわかったのは僕にとって大きい。
いや、別にコンサルタントを仕事としてしている人にも思いを大事にしている人もいっぱいいるだろうが、実際の活動としてそちらの方向によりシフトしている方が確実にいるということが素晴らしいと思ったわけだ※。

僕としてはそちらの方向を応援したいと思うし、自分自身も関わっていきたいなと思う。


※ここでこの間お会いした藤沢烈さんのことを引き合いに出そうと思ったが(”思い”を大事にしたいということを仰っていたので)、先ほど烈さんが僕のブログを読んでくださっていることを知りなんとなく気恥ずかしくなって躊躇した。
とはいえ思ったのに書かないのも変なのでこの※欄に書くことになったという落ち。

theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

No.127 R.G.コリングウッド, 玉井 治 (翻訳) 「思索への旅―自伝」

2009.05.20.11:15




読書時間:3時間

僕が今取っている哲学のテストの中間レポートの課題用に読んだ。
ちなみにテーマはデカルト、カント、コリングウッドから誰か一人を選んでということで、その中から僕がコリングウッドを選んだのは単純に他の人はみんなコリングウッドやらないんだろうなという直感に基づく。

さて、初めての哲学書をまじめに読む体験である。
正確にいえばカントの解釈本はかなりまじめに読んだ経験があるのだけど、原著を詳しく見るのは今までなかった。
コリングウッドは比較的最近の人で、しかも自伝ということでそこまで難しい書き方ではないと思うのだが、普段読みなれていないような文章形式、哲学の課題というプレッシャー、その他もろもろの影響によりいつもより読みにくさを感じた。
その分、一つ一つのところに注意がいつも以上にいくようになり、読書後の感想としてはなかなか有益な時間を過ごせたと思う。

コリングウッドについての書評は学校への提出用の文章を恥を忍びながらここに貼ることによって終わりにしたいと思うが、一つ反論したいこととしては心理学に対するものの見方。
確かにコリングウッドの時代の心理学には眉唾物の記述が山のようにあっただろうし、今でもそれは大して変わっていないのかもしれないが、だからといって完全対立のような構図を取るのはいかがなものなのかなと思う。
この感想はコリングウッドに対して、というよりは哲学の姿勢全般にという感じだけども。

勿論、現代哲学になればなるほどその兆候は弱まるのかもしれないし、実際心理学と融合したような哲学の形態もどんどん登場しているとのことだが、人間の認識というものを考える上で知覚心理学の知見を考慮に入れていない哲学者、哲学を勉強する学生も存在しているし、結構その数は少なくはないのかなと思う。
そしてそれはやはり”怪物のような”心理学と同じで、少し荒唐無稽であるように思う。

別に”科学的に見て”荒唐無稽であっても存在価値はあると思うし、人間の心の中身というのはその人の信条によって左右されるわけだから、それが一つのベクトルとして機能していると思えば特段なんの問題もないようには思うけれども、だったらもう片方の自分と同じような立場のものを否定するなよといいたい。
ここらへんの議論は知覚心理学のデータベースがまだまだ完璧ではないということで普段は主張しづらいことではあるのだけど、僕が日常思っていることの吐露先としてここに書き連ねてみる。
あれ、コリングウッドへというよりは今の哲学の教授に対する愚痴のようになってしまったが、僕の哲学に対するスタンスとしては今のところそんな感じで。

誤解しないでほしいのだけど、僕は哲学の考え方一つ一つはとても面白いと今勉強している限りではおもうし、その時代のコンテキストの中で人がどのように思考をめぐらしたかを考えるのはとても楽しい。
ただ、一種視野の狭さというか、真理の探究というお題目の上で他の価値観、思想を否定するというのは多神教の僕には一部受け入れがたいというか。
その意味では心理学もその性質をはらんでいるので、一概に哲学とか哲学者が悪いというわけでは全然ないんだけど。

コリングウッド「思索への旅:自伝」を読み、その中で展開されている「問いと答えの論理学」の特色、その意味(重要性)について理解したことを述べなさい。

 コリングウッドが「問いと答えの論理学」で提言しているのは、そもそも哲学における問いを見直すことであると私は理解した。
問いというのは哲学のみならず、他の学問や生活において非常に重要なことであるが、その問いの段階で一部の哲学者は誤りを犯しているとコリングウッドはしている。
コリングウッドにとって、価値のある問いというのは目的に沿った答えを出すということであり、一部の哲学者が為しているような禅問答や言葉遊びのような類の哲学は適切な答えを出すためのものではない。
では適切な問い、目的に沿った答えを出すための問いとは何なのかということになるが、コリングウッドによればそれには細分化をすること、そして歴史を知るということの二点が重要になってくる。

 細分化をすることの重要性について、それは車のパーツ一つ一つの問題をチェックすることに似ているとコリングウッドはしている。
車がスパークしたからといって、「何故車というのはスパークをするものなのだろうか?」という問いを投げかけても抽象的すぎて、それは問題を解決するのには適した問いではない。
これは人が哲学と聞いて想像するような問い、たとえば「愛とはなんだろうか」「真実とはなんだろうか」という問いにそのまま置き換えられる。
そのような全体的で包括的な質問というのは多くの場合、答えを出す上では特に意味をなさないものであって、それらを細分化し個別の問いをもって答えを出した上で、初めて全体を俯瞰視することが可能になるのである。

 細分化の必要性について、これは言葉というものがきわめて複合的な性質を持っていることがその理由として挙げられる。
哲学は言語ときわめて強い関係性を有していると思われるが、言葉というのはその場合に応じて有する意味を変えうるものであり、故にその文脈に沿った質問を提供することで初めて問題解決に意味のある答えを生み出すことが出来るのである。

 この段階において、コリングウッドは歴史を理解することが必要であるとしている。
何故なら質問を投げかけたその人の思想を理解する上で、歴史というものが欠かせないと考えたからである。
これはコリングウッドにとって歴史とは思想の歴史であり、それ以外の部分はさほど重要ではないとしているテキストからも伺うことが出来る。
彼が言おうとしている思想を知る上での歴史の重要性は、つまるところそのコンテキストを把握することなしにその言葉について議論を交わすことは出来ない、意味が薄いということに収束されている。
言葉という目に見える部分は同じかもしれないが、その言葉に付着した様々な内的な意味はそれぞれ場合によって違うはずであり、これは古今の哲学者の言葉を理解することは勿論、その他の場面おいてもそれは言えることである。
故に彼は言葉の背景にある、その言葉を放った者の歴史を知ることを重要視したのである。

 これらの態度を持つことで生まれる意味というのは、内的世界の充足と外的世界への貢献にあると私は読んだ。

 内的世界の充足とは自伝においても言及されているように、他者の思想を歴史を通して知ることで自分の中にその人自身を取り入れることである。
これは表面的に記されている言葉だけを見ていては決して為しえないことである。
何故なら文字だけでそれを判断するということは自らの経験によって判断するということであり、それはその言葉が発した意味とは状況が異なるからである。
他者の思想の背景にあった歴史を理解することで内的世界を広げることが出来るという指摘には、自分の今持っている枠組みだけで物事を判断するだけでは駄目であるということを示している。

 外的世界への貢献とは、答えを出すための適切な問いを出すという態度を日常に活かすことで、机上の学問と見なされがちな哲学を実践のレベルに持っていくということである。
何かの対象について議論を交わすだけでなく、その態度を身につけることを重要視することでコリングウッドは彼の哲学が実践においても意味を持ちうると考えたのである。



読書時間とか準備時間も含め、それなりに労力をかけて書いたので(労力かけてこれかよという話もあるが)、一般教養のこのクラスでCとかついたら結構へこむなあ。

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No.126 下條 信輔 「サブリミナル・インパクト―情動と潜在認知の現代」

2009.05.20.10:55




読書時間:1時間

前著「サブリミナル・マインド」を直前に読んでいたのである程度は理解しやすかった。
ただ、扱う内容はサブリミナルマインドに似てはいるものの、新たな著者の知見が色々と書かれているため遜色はあまりないように感じた(特に後半部)。

内容の中で一番心に残っているのは作者の暗黙知に対する知見だろう。
従来の顕在意識-潜在意識というくくりではなく、潜在意識-前意識-潜在意識というくくりのほうが情報の処理のプロセスとしては正しいような気がするということを著者は論じている。
最初、この概念がよくわからなくて(今もわかっていないかもしれないが)もやもやしたが、時間を置いて考えてみると確かにそれもそうかもなあという実感。

また、潜在意識の海の部分が人格形成に大きな意味を及ぼすという意味で、「忘れる」ということの有益性を指摘しているのも凄くよかった。
僕はそれなりに本を読むほうだが、読んで内容を忘れてしまった本でも、自分の実になっているということなのであれば僕は安心して読書をし続けることが可能になるであろう。やったね。

ただ、忘れるということが潜在意識へのコネクトに繋がるということは(こうは書いていなかったかもしれないが)、結構危ういことのように思える。
人間嫌なことがあると必死に忘れようとすることがあるけど、それはつまり潜在意識に押し付けるといいうことを意味している。
潜在意識にあるものが(顕在意識以上に)その人の人格形成に影響を及ぼすのだとしたら、やはり問題というのはなるべく顕在意識にあるうちに処理するべきタスクなのだろう。
潜在意識の情報による変異というのは、顕在意識というそのオブジェクトへの扱い方そのものに意識的に変化を加えるプロセスを逃してしまったことにより、自分自身の扱い方、思考に変化を加えてしまうということだと思うからだ。

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No.125 ヘルマン ヘッセ, 岡田 朝雄 (翻訳) 「ヘッセの読書術」

2009.05.20.10:47




読書時間:40分

ヘッセが書いた本は一冊も読んでいないのだが、読書術という名前に惹かれて読了。
ヘッセの読み方は本当に対話というところを重視していて、普段の読書では自分のほしい情報が得られれば基本的にOKな僕とは結構スタイルが違うのだが、こういう読書との向き合い方もあるよねと僕に見直させてくれたという点では素直に感謝したいと思う。
潜在意識を持ち出すならば、僕が浅い潜在意識内、サブリミナルの作者の言葉の使い方を借りるならば「前意識」にある情報のトリガーとしての読書だとしたら、ヘッセの読み方は深い潜在意識へのリンク、あるいはまったく知らなかった情報(世界観と言っても良い)を自分の世界にしようという試みということが出来るかもしれない。
だからか、ヘッセは世界名作文学をいくつも読んでいる。文学というくくりでは僕の読書量など本当にたかが知れているので、この人は僕の見ていない風景をいくつも見ているのだろうなあと思った。

ヘッセの他の著作を読んだあとではおそらくこの本に対する読み方も変わると思うので、その際にはまたこの本を読み返してみることにしよう。

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左脳について

2009.05.18.07:15

左脳は自分の中の他人=観察者
つまり人間は観察者を飼う動物だということになる

脳の中の消しゴムではなく冷却材

2009.05.18.07:14

最近イメストをやったり肥田式をやったりすると、脳の中が冷やされる感覚というのがある。
これは結構初期の頃とかはあったことなんだけど、最近になってからはあまり感じなくなったことだったので、なんらかの変化が出ていると見てよいのかもしれない。

脳みそを使って熱が上がっているからその分冷まそうとしているのだろうか?
まあPCも冷却材ないと駄目になるしなー。
そういえば僕は結構歩くと自然と丹田を中心としたラインあたりとかにすごい勢いで冷気の流れみたいなのを感じることがぼちぼちあるのだけど、一般的にはどうなのだろうか。
トレをする前はこういうことがなかったので、トレのなんらか(肥田式か?)が影響を及ぼしているのかもしれない。

発話機能が順調に鍛えられているようです

2009.05.18.01:19

昨日ちょっとやってみるかと4回ほどイメストをやってみたら(1回のイメストは最長15分程度)、夜にやった4回目でものすごいスピードで喋っている自分を発見。
4回もやったからなのかな?と思いながらも先ほど本日1回目のイメストをやってみたところ、やはり同様に最初からものすごいスピードで喋っている自分がいた。
しかも結構自意識を介入させてみてもどもることもなく、でもスピードは結構意識を振りきるくらいには出ていてなかなか面白い。

よく思い出してみればこういう体験は今までにもちょくちょくあって、それは主にイメストボックスで結構終盤に差し掛かった頃調子が良いときに起きていた。
最近始めた毎日のイメスト習慣が僕の発話機能にも良い影響を及ぼしているのかも?とちょっと嬉しくなったよという主旨の日記。

ちなみにスピードは普段僕が意識して結構速く喋っているときのスピードよりも全然速いのがコンスタントに続く感じなので、これを聞いた人はうわぁって気持ちになるんだろうなと思うと心が生暖かくなってくるNE!

情熱に関して

2009.05.18.01:14

何かに熱中することを宗教的と見なして攻撃する人がいる。
おそらくそれは宗教についての無理解と、情熱についての無理解両方から来ている。

素晴らしい理解&発想メイカー「DEAM」

2009.05.16.23:25

僕はウェンガーのことをかなり信頼しているにも関わらず、彼の研究のまとめの宝庫であるProject Renaissanceをほとんど読んだことがないという不届きものだったんだけど、先日TOEFLの勉強も兼ねるし良いかと思ってproject renaissance内の記事をいくつかプリントアウトして暇なときに読んでいたのだけど、その中でびびっときたメソッドがあったので軽く紹介。

Double-Entry A-Ha! Method(英語記述)

ダブル・エントリー・アハ・メソッド、略してDEAM
そんなに難しいメソッドではないというか、やってみればものすごい簡単なことなんだけど、さっき学校の宿題の理解&ペーパーに書くことの発想を同時にやりたいなと思ってこれを試してみたところ、ウェンガーが言っているように面白いくらいにきれいに自分のアイディアが可視化された。びっくり。

やり方としては
①まず2枚の紙を用意します
②1枚の紙に自分の質問だとか解決したいことを書く準備をします
③1枚目の紙に質問やら解決したいことを書いている間、2枚目の紙のほうにそれについて思ったこと、疑問に思ったことをとにかく書きます。つまりブレスト的に書くのだと思われますが、書き方としては普段通りの書き方でよいとあるのでマインドマップとかでとってもよいのかもしれません(僕は普通のブレスト風に書きました)
④面白いくらいにアイディアが出たり、それについての理解が進みます
⑤驚きます

ちょっと本家の解説とは違うところもあるかもしれないが、おおむねこんな感じ。
書くだけだと普通のブレストと何が違うの?って感じだけど、実際ほとんど変わらない。
変わるのは2枚の紙を用意して、1枚目の紙に質問を書こうとする。これだけ。
ただ、1回しかやっていないのに言うのもなんだけど多分これは結構重要なことで、実際質問を書こうとすることで頭の中にトリガーがかかるってことなのだと思う。
また、書き終わる前にアイディアを出さなきゃ!って感じになるから、いやおうなくスピードに乗ったアイディアが出てくる。
同時に、何か理解したいことだった場合はそれに関連するアイディアが出てくる=理解力が高まるということになる。

ざっとgoogleで検索したところ、これについて日本語で書かれた記事はなさそうなので、ネット上ではおそらくこのブログが初のはず。
ということで新しいもの好きの方も、何か有効で簡単な学習ツールを探しているという方も、元コンサルで新しい本を書きたいんだけどネタがないという人も、とりあえず簡単だし試して見ることをおすすめ。

こんな感じでちょくちょくproject renaissanceを見て、面白いと思った記事を紹介するようにしたいなー。

能力に関して

2009.05.16.21:38

こと自分に関する限り、観察=強化という式が成り立つ。

脳みその筋トレ

2009.05.16.19:15

この記事でも頭の中の活動を観察できるようになることのメリットを挙げたのだけど、今さらにもう一つ思いついたというか発見したので紹介。

今までも感じていたことなのだが、脳の動きというのはそこのところを目をつぶって意識するとさらに活性化される。
これはたとえるなら筋トレのようなもので、筋トレは実際に負荷をかけているところを意識するとその効率がかなり変わるということがよく言われていると思う。
脳のモニタリングでも同じことが言えて、たとえばマスキングをしているときに脳の頭頂部の反応が目立つなと思って目を閉じてよく観察してみると、反応が強く出ているところがさらに活性化されるのだ。

ということで脳をモニタリングできる(可視化、じゃないけど可感化?……変な名前だ)するとこういうメリットもあるかもよという話。
経験的にもなんとなくわかっていたことだったんだけど、筋トレのイメージと結びつけることで自分の中で腑に落ちた思いだ。

胸いっぱいのマンゴー

2009.05.16.18:07

人生初めてのTOEFLiBTテストを受けてきた。
感触としては(予想してたよりは)悪くないが、特に単語を覚えることに関してはあまり努力しなかったためそれが足を引っ張った感がある。また、リスニングは思ったよりは酷くなかったが、変わりにスピーキングが酷かった。ちょっと慣れが大事だなと思った。

さて、なにはともあれマンゴーである。
話題の出し方が唐突で申し訳ないが、実際それは唐突な出来事だったので仕方がない。
何が起きたかというと昨日僕が歯医者に行った帰りに果物を買っていそいそと自宅に帰ったらマンゴーがあったというだけなのだが、これが僕を驚かせた。
マンゴー。MANGO。マ・ン・ゴー。
そこにあるのは大量のマンゴー。マンゴーといえば高級フルーツの立派な仲間である。
何故そのようなマンゴーさまが僕の家の前に大量にあるのだろう?
あまりの突飛な事態なため、というかそもそも普段マンゴーを目にしたことのない僕には最初それがマンゴーだということも理解できなかった。
理解できなさ過ぎて、うちの親はお花の配達を請け負っているため、どうせ生け花ように使う植物なのではないかと疑ったくらいだ。
第一、それがマンゴーだとしたらどうしてうちにそれが大量にあるというのだろう?

このようなことはまずもって親に確認するべきなのだが、普段マンゴーを食べなれない僕は大急ぎで一つをつかみ、台所に行って無造作にむさぼり食うことをとめられなかった。
やばい。
マンゴーうますぎる。
セレブはこんなうまいもんを食っていたのか!と憤る僕。
あまりにうまかったので特に了承を取ることもなく二つ目のマンゴーに着手する僕。
でもかまうものか、一体誰が僕の行動をとめられるというのだろうか?という気持ちいっぱいでマンゴーをかじり始め、腹をいっぱいにした僕。
そうだ、つまりすべての僕は紛れもなく僕であり、今ここで文章を書いている僕も間違いなく僕の中の一人の僕なのだ。
僕というアイデンティティは統合と分裂を繰り返しながら、ねばり狂ったアメーバのように存在しているわけであり、したがって結論からいうとマンゴーはうまい。

※ちなみにマンゴーはうちの親が市場で24個500円で売っているところをハンティングしてきたそうです。若干熟れすぎていて微妙に売るタイミングを逃してしまったのだろうけど、それでもマンゴー24個が500円で買えちゃう市場すごい。


モニターを手に入れろ

2009.05.15.15:25

僕は能力開発を高校3年生くらいからやったりやんなかったりを繰り返してきて、ちょっと前までやらないのほうが多かったのだけど、最近はちゃんと取り組めるようになってきている。
僕が断続的にしろ、ここまでやることが出来たのはまず間違いなく「効果が出ている」という実感があったからなんだけど、ではその実感というのはどう得ることが出来るのだろう?

一番分かりやすい実感は対外的なものだ。
つまり、いきなり記憶力が突然良くなったとか、問題解決の力が突然あがったとか、そういう類のもの。
さらにいうと他者の承認を得ることが出来るものであり、能力開発をしている人の大部分はここのレベルを求めているのだと思う。

だけど僕の考えではいきなりここへは行き着かない。
対外的な成果が出る前には確実に内面的な効果が出るはずで、脳が普段言っている脳の中の反応がわかるだとか、肉体になんらかの反応が出るだとか、そういうものが一番最初に来るはずなのだ。
そしてこれがわかればある程度の仕組みをつくるか強すぎる情熱、目的意識を持っていれば自然とその人の中の能力開発は促進されるはずだが、これがよくわからないと「加速学習とか能力開発って単なるカルトじゃね?」って感じになってその可能性をあきらめてしまう(それが絶対的に悪いとはまったく思わないが)

この脳を含んだ肉体での変化を感じとる能力を、僕は便宜的に「モニター」と名づけたいと思う。
もしかしたらもうすでに名前があるのかもしれないが、とりあえず知り合った脳科学者に聞いてみたところ「そのような知覚が出来る人のことは知らない」との答えが返ってきたので、少なくともあまり一般的なことではないのだろう。
けれど、脳の成長を確かめてそれをフィードバックさせるという点において、この能力は初歩的ながらも凄く重要なのではないかと思う今日この頃なのである。

モニターを身に着ける方法は多分色々あるが、僕の場合はウェンガーの肉体トレが大きかったと思う。
大体トレを始めて3日目以内には自分の脳内の変化を知覚できたし、以後それはどんどん強力に、またバラエティー豊かなものになっていった。
また、そのときに大事なのが観察であり、これは変化をなんでもいいからアウトプットの形に出して認識するということ。
つまるところ、何か変化がおきたなと思ったらまず紙に書いてしまうのだ。
これはモニターの獲得のみならず、一般的なスキルからその他様々な局面においても言えることでもある。
とにかく伸ばしたいと思った分野に関しては注意深く観察し、それを書き留めるなどしてアウトプットの形に出すのが重要なのである。

今のところあまり理解者のいないこの能力であるが(単品だけじゃあんまり対外的には役に立たないしね)、一回身に着ければ様々なものに対する見方も変わるに違いないはずである。

あの人と私の共鳴性

2009.05.15.14:57

この記事に関連して。
藤沢烈 BLOG 
1029旅 マーカス・バッキンガムほか『さあ、才能に目覚めよう』★★★★


あの人と価値観が合うな、とか合わないな、と思わされることは今までの僕の短い人生経験の中でも大量にあったし、これからもおそらくそれの何倍ものそういう経験が待っているのだろうけど、それを見分ける一つの指標として「さあ、才能に目覚めよう」に書かれている5つの強みの相似性というのは結構的を射ているのではないかなと感じた。

今までもこの本のチェックをやってきた人の診断結果を教えてもらったりしていたのだけど、「あ、この人話が合うな」と思う人は大体3つはかぶっている。まあこの本を買うような人は大体同じようなマインドの人というか、同じようなミームを持っているという可能性もあるのでこんなに簡単に言えることではないかもしれないが。

ちなみにこの本のことを知らない人のために軽く紹介しておくと、この本についてるIDからネット上にアクセスするとテスト(というか質問)が出され、それを解いていくと自分が持っている資質の中で最も強い5つが算出されるというもの。

たとえば僕なら、
①着想
②最上思考
③戦略性
④コミュニケーション
⑤学習欲

というような感じで、強い順に上から表示される。正直⑥から先がどうなっているのか気になるが、多分「未来志向」とかが入っているんだろうなあと妄想していくのも楽しみ方の一つといえば一つかもしれない。

なお、一度でも使ったIDはもうつかえなくなるので、まあうまい商売モデルというか、うっかり中古で買ってしまった人が泣きを見るアイテムでもある。
今なんとなく昔amazonでipodを買った時に、レシートが保証書になるということを知らないで捨ててしまって悲しい気持ちになったことを思い出した。

まああくまで一つの参考になるということでここは一つ。


No.124 トニー ブザン, 田中 孝顕 (翻訳) 「人生に奇跡を起こすノート術―マインド・マップ放射思考」

2009.05.13.14:48




読書時間:25分

最近僕の中で昔読んだ本をもう一回読んでみよう熱が高まっているが、この本もその中のひとつ。
僕がマインドマップに出会ったときというのはつまりこの本に出会ったときということだ。
確かそれも高校1年とかそんな感じだった気がする。
当時はあまり人生が楽しくなかったので、多分こういうのばっかり読んで現実逃避というか現実チェンジを試みていたのだろう。

そんな懐かしい思いでぱらぱらとページをめくったのだが、さすがに関連本を何冊か読んでいるだけあって読むのにそんな難は感じなかった。
この本を読んだ目的としては
①マインドマップの復習について
②マインドマップの場合によっての使い方(特に大学の授業など)
をもう一回おさらいしたかったからだが、この情報を見つけ出すのも別に難しいことではなかった。
ただ、マインドマップの復習についてはお前何回書かせるんだよというくらいで復習の頻度が書いてあって、1回にかける時間は短いのだけど(2分とか5分とか)そこらへんは仕組みをきちんとしておかないとなという感じ。
大学の授業に対する使いかたとして、というか全体的にインプットバージョンのマインドマップの使い方として僕に抜けていたことは、知っていることについての速射マップというものを今までまったくしたことがないということで、これをすれば何か学習という面で変化が見られるのかもしれない。

theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

潜水してきたよー

2009.05.12.23:30



この本に潜水が脳に良いと書いてあるもんだから、うっかり今日はプールに潜水をしに行ってしまった。
まあ潜水(というかCo2トレーニング)が頭に良いのは明確たる事実ということぐらいは知っていたので今までじゃあなんでしてなかったの?っていう話なのだが、それはただただ単純にめんどくさかったからである。水着用意するのだるいしー、そもそもジムまで行くの糞だるくね?みたいな?(渋谷にいるギャルへの街頭インタビュー)

また、うちの学校は一人でプールを使ってはならないというルールがあって、これも潜水を始める上での大きな障害だった。
泳ぐのには最低でも3人は必要で、役回りとして想定されるのは一人が救助する役、一人が助けを呼びに行く役、一人がおぼれる役である。
正直実用面からいったら二人でも良いのではないかと思うが、大学としての立場を考えた場合は3人という数が妥当なのだろうと思う。
そして残念なことに僕はその”妥当”の前に無様にも敗北を喫していたのである。

しかしながら、ここで転機が訪れる。
なんとICUに水泳部が出来たのである。
しかも創設者の一人である友達に尋ねてみたところ、もぐっているだけでもアリだというではないか。
これは基本的に運動系のサークル・部活があまり活発でないICUにおいて革命的なことであり、日本を代表する革命児(になる予定)の僕としてはこのような革命的な流れに乗らないわけにはいかないのが勿論であった。

まあ正直に告白するとこの水泳部が出来たのは確か去年で、そのときは非常に軟弱な理由で水泳部に入るのを拒絶していたので別に最近その存在を知ったわけではなく、この間Shock&Hearts(僕が入っているサークル)に水泳部の女の子が入ってそのツテでというのが僕が水泳部に参加してみるにいたった革命的には程遠い理由である。

んー、まあ、とにかくぐだぐだ書いてしまったけど、久しぶりにした運動はやはり楽しい!の一言に尽きる。
今日参加していたメンバーがまたナイスガイたちで、っていっても僕除いて二人しかいないしうち一人はもともと知り合いなんだけど、彼の素晴らしすぎる指導により僕は水深5mにもぐっても耳が痛くならない技術を楽々と習得することが出来た。
なんでも耳抜きと呼ばれる基本中の基本な動作らしいが、そんなこと今まで知るよしもなかった僕にとってはやはりこれも革命的な出来事である。
というかそもそも水に深く潜ると耳がマジ死ぬほど痛くなるということも革命的すぎる出来事であったのだが、僕という人類はそれを克服したのである。
いやーでもマジ知らずにもぐろうとしたときとかうまく耳抜きが出来てないのに石抱えてもぐったときとかは死ぬかと思った。鼓膜破れる。

で肝心の成果だけど、他のトレみたいに脳の反応に注意深くなってられなかったので正直今一やっているときはわからず。
最初の頃は5mのほうにもぐらず、せいぜい2m程度のところをもぐっていたのだが、そのときは大体1分ちょいくらいは息を止められていた。
すごい久しぶりに水の中ではしゃいだので、これからどんどんとタイムを伸ばしていきたい。
また、このときにイメージはいはいをやってみたが、あんまり余裕がないからなのか特にそこまでの効果を感じることはなかった。

今度入るのは(知り合いがいないと微妙にもぐってられない僕的には)友達のいる来週の火曜日ということになる気がするが、ちょっとずつ入れる機会を増やしていって、夏休みか秋学期には集中してもぐっていられるような状態にしていきたい。終わり。

No.123 下條 信輔 「サブリミナル・マインド―潜在的人間観のゆくえ」

2009.05.12.23:06



再起性:☆☆☆
読書時間:1時間

僕の関心範囲が認知心理学に偏っているということもあるけど、この本は間違いなく名著だと思う。

そもそもこの本を最初に手に取ったのは高校1年かそこいらの時で、そのときはamazonでなんか評価高いし取ってみるかな程度だったことを覚えている。読んだ感想としては「とにかく難しい」。
なんだかよくわからんぞ、という認知心理学に対する原初体験は思えばこの本によるところが大きかったかもしれない。とりあえず読み通すことは読み通したが、今日読み返してみるまでこの本の内容について顕在意識に引き出すことは出来ないレベル程度のものだった。

そして今日読んでみて、あの頃よりもはるかにこの本を理解している(あるいは理解している気になっている)自分がいることに気付く。
今まで自己流ながら心理学の知識の断片に触れてきて、この本の言い方でいうならば「無意識の海」にある知識の数が溜まってきたのだろうか。というか今これを書いて思ったが、僕が普段から人間の意識の形として描いていたものはこの本に書かれていたことそっくりだった。無意識って怖いとリアルに体感。

さて、この本で書かれている知見はどれも興味を引くものであるが、最近の僕の興味関心で言えば特に以下の点が気になった。

①人間は多面的な生き物である
僕も別に一面的な生き物であると思ったことは少なくともここ最近はあまりないのだが、どうも世の中には一本筋を通し続ける生き方を自分に強いなきゃいけないと感じている人が多いと思っており、自分も多少その気配に流されそうになっていたので良い刺激になった。
この点はこの本の一つ前の読書メモで書いた「疲れすぎて眠れぬ夜のために」にも書いてある。

②左脳は既に起きた結果から理由を推察する
これは恐るべきことである。
つまり僕らは原因を認知することもなく、あとでその合理付けとして理由を推察しているのである。
これによって原因の帰属に誤りが生じてしまったりするわけで、このことは心の中に特大の文字のメモで書き記しておかねばなるまい。

③サブリミナル効果うんぬん
最近フォトリーディングに関することを扱っているものだから、その理論の根底にあるサブリミナル効果についての知見を拾えたのが良かった。
wikiにも書いてあるけどサブリミナル効果が存在しているのはもう間違いのないことで、あとはその条件とか強さとか、そこ等辺のところが議論の対象らしい。
僕は2日くらい前までサブリミナル効果って本当にあるの?とフォトリーディングをしている身なのに思っていたんで(そしてそのせいで効率が落ちていたので)とてもありがたかった。
なお、この本はサブリミナル効果についてだけ書いてあるわけではないので念のため。

というわけで自分のための読書メモなんだけど、どちらかというとこの本は大勢の人にオススメしたい感じ。素晴らしいっす。

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