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対話254 丹野 義彦 『認知行動アプローチと臨床心理学―イギリスに学んだこと』

2009.10.31.19:25



<殿堂入り>
個人的読みやすさ:B (イギリスの臨床心理のことがよく伝わってきた)
読書時間:1時間


 日本では、基礎的心理学と心理臨床が直接的に対立してしまう。それは「科学」対「反科学」の様相を帯びてしまう。基礎的心理学の側では、「心理臨床は科学ではない」と批判し、逆に、心理臨床の側では、「基礎的心理学の科学的方法論は実践の役に立たない」と批判する。日本の心理臨床は、基礎的心理学や精神医学とのインターフェースがよくない。こうした点からも、イギリスの心理学のあり方は、日本にとって参考になるところが多い。(p.19)


臨床にはそれほど興味を持っていなかった僕が、この本を読むことで臨床も良いなと感じ始めた。同時にイギリスという国で学ぶことの意義も見出せたように思う。

 臨床の現場のことについて僕はほとんどわからない。
身内にカウンセラーがいるのでなんとなく口づてに聞いたりして「ああ、やっぱ色々大変なんだなあ」と思うことはあっても、実際今までそこに関わろうとはほとんど思わなかった。

 多分自分には人の話を聞いて~というカウンセリングスタイルは合っていないと思っていたし、他人からも「え、お前がカウンセリング?無理無理」みたいな反応をされた記憶もある。まあ根本的な部分で僕は調べたり研究したりするほうが好きなのだろう。

 しかし本書で取り上げられている認知行動療法は僕の想像するカウンセリングというスタイルとはかなり違うようである。そしてイギリスはそれを非常に体系的に、また臨床心理、精神科医、社会との3つの軸をうまく使ってクライアントに対応しているという事実。これだけでも僕がイギリスと認知行動療法に興味を持つには充分な素材ではないか。

 なおかつ、イギリスでは臨床心理士、あるいは精神科医が一対一でクライアントに接するのではなく基本的にはチームで接することになるそうなので、必然的に共有できるエヴィデンスが非常に重要になってくる。そうした背景もあって、エヴィデンスをいかに測るか、というところに着眼が置かれていてこれがまた素晴らしい。そもそも認知行動療法の一つの大きな利点としては効果を確認しやすいというのがあると思うが、これはこうしたイギリスの臨床体制から生まれた姿勢なのかなと思う。

 こうしたスタイルが日本に導入されるにはかなりの年月がかかることになるだろう。あんまり日本の事情のことには詳しくないので下手なことはいえないのだけど、身近な例で考えてもイギリスと日本の臨床の場面には大きなギャップがあるだろうし、そもそも認知行動療法自体がそこまでメジャーではない。軽く調べたところこれを行っているところも結構あるっぽいが、たとえば僕の身近な友人であるJさんは様々なカウンセラーのもとへ行ったり精神科医のもとを訪れたりしているが、認知行動療法の存在すら知っていなかった。

 ともかく、今後日本の臨床の現場が、そして生活とカウンセリングの関係がどのように変化していくのかについては今後も詳しく見ていく必要がありそうだと思った次第。
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theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

対話253 東原 和成, 東原 奈美 『さあ、アメリカ留学!―子持ち夫婦の大学院留学奮闘記』

2009.10.30.18:02



<お気に入り>
個人的読みやすさ:A (のはずだが何故か結構時間がかかった)
読書時間:1時間


このようなわけのわからない動機でも決意でも何でもいいから、留学中に行き詰って落ち込んだときに心の支えになるような、自分にとっての”意義”を胸に秘めておけば、きっと初心を貫徹できるであろう。(p.14)


最近アメリカに留学しようかなと考えていたのだけど、この本を通してかなり具体的にどうしていけばよいのかが見えてきたと思う。少し書かれたのが古いことを考えても充分素晴らしい(特に研究をしたい人にとっては)本だと言える。

特にあちらでどうやって適合していくのか、日常生活はどうなっているのか、あちらの学位制度はどのようになっているのか、ポスドクのその後は、派閥競争は、お金はどうやって稼ぐのか、などについてまとまって紙媒体で情報を得られたのは大きい。少し変わっているところもあるのかもしれないけども、全体像が見えているのと見えていないのは大違いだ。だから、少しアメリカに留学することを考えている人はこの本を読んでみると学業に関しても生活に関してもかなりの具体性をもったイメージを持つことができるようになると思う。

また、励まされるというのも大きなポイントだ。僕の周りには結構留学行っている人が多いけども、もともと英語が出来る状態の人だったりが結構いるため、僕のような昔から日本で暮らしていた人だとどうしても多少躊躇してしまうところがある。ただ、この筆者はほとんど英語が出来ない状態から見事にアメリカで生活することを可能にしていたわけで、僕もこのように素晴らしかった!といえる留学生活を送りたいと感じている。

theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

対話252 河合 隼雄, 村上 春樹 『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』

2009.10.30.00:42



<お気に入り>
個人的読みやすさ:B (注の位置にあるつけたしの文章が多いのでそこが読みづらい)
読書時間:30分


河合 たとえば、昔の文士という人たちは、自分たちは言葉、精神の仕事をしているのだから体なんか関係ないというか、体を無視する、あるいは体を軽蔑するのですね。暴飲したりするというのは自分の体を軽蔑しているわけです。そういうところから生まれてくる文体と、村上さんのように体を鍛えてつくる文体とは、絶対に変わってくると思います。(p.98)


 この本を読んで、僕の中ではただの1人の小説家でしかなかったのに、より人間として感じられるようになった。
 そしてどういう生活からあの小説たちが生まれてくるのかを知り、今まで読んだ物語に新しい意味が付加されていった。

 村上春樹も好き、河合隼雄も好きという僕が何故今までこの本に着手していなかったのか完全に謎に包まれているが、このたび無事読了。
ちょっと構成的に読みづらかったけども、内容としてはなかなか刺激に富んでいたように思う。

 二人とも海外在住が長いということもあって、少し離れた視点で日本を見つめているのだけど、安易な日本批判だけにとどまることなく、その一歩先のところまで議論が進んでいるのが興味深かった。
また、村上春樹というとつい最近の人だと僕は思ってしまうのだけど(そして実際そうなのかもしれないが)、よく考えたらこの人が日本で大々的に有名になったのは僕が生まれた前の話なわけで、そういう”過去の”社会情勢をリアルのものとして語っている春樹というのはなかなかに新鮮だった。なんだろう、楽屋裏を見てしまった気分?

 ルームメイトの話によると、河合隼雄にあったおかげで村上春樹の文章は変化してしまったそうだ。それを悲しむべきなのかどうなのかは僕にはよくわからないけど、確かに最近の作品はあまり読んでいないので(『アフターダーク』くらい)、秋も深まってきた頃に春樹に時間を費やすのも悪くはないなと思う。

theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

対話251 バートランド ラッセル 『哲学入門』

2009.10.29.23:59



個人的読みやすさ:C (哲学の入門書としてはとても優れていると思う)
読書時間:2時間


それどころか、哲学の価値は主にその不確定さそのものに求めるべきなのである。(p.190)


大学で先学期哲学の入門用の授業を受けていたのだが、色々と腑に落ちなかったり、またWin Wengerが哲学の第一歩としてオススメと書いていたのもあって手を出してみた。哲学書ということでちょこちょこかじるように読むスタイルに変えたのだけど、このスタイルについてはさらに検討が必要。

読んでみて思ったのが、非常にわかりやすく書かれているなあということ。
これは僕が事前に哲学の授業を受けたことがあるからかもしれないけど、かなり流れが頭に入ってくるのを感じる。授業を受けたのはもう4ヶ月前とかなので結構忘れていたところもあったけど、どういう議論の流れがあったのか再確認できた感じ。

僕が哲学の分野で個人的に興味があるのは神経哲学と一部では名づけられている、脳科学と哲学を関係付けた学際的な学問。以前その書籍を読んだけどもはや読む気もあまり起きないという事態が発生してしまったのだが、もう少し基礎的な哲学の議論を踏まえた上でもう一度挑戦してみたいと思う。

theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

対話250 東京大学野村證券共同研究「未来プロデュースプロジェクト」 『図説 50年後の日本―たとえば「空中を飛ぶクルマ」が実現!』

2009.10.29.00:50



個人的読みやすさ:B (想像力がついていかないところがあった)
読書時間:20分


 また、自分の適性を知ることにより、高校までの教育が大幅に効率化されます。これは、将来の可能性を正しく絞り込むことで、必要となる教養と知識の範囲を適切に定めることが出来るためです。その結果、大学は創造的な研究に専念する場へと変貌を遂げるでしょう。(p.130)


 将来がどのような社会になっているか、ということに僕が興味を持ち始めた理由はこのブログでも何回も紹介している藤沢烈さんの影響であることは疑いようもない。
 それまでも確かに僕は過去よりも未来にどちらかといえば比重をもっていたけども、夏以降にその考えはさらに強化されていった。思わず過去の価値を低く見積もってしまいそうになるほどに。

 この本では僕らの想像力を刺激する、様々な「可能性」が描かれている。それもただの空想ではなく、リサーチに基づいて東京大学と野村證券が行っているわけである。こういう心が躍りたくなるような企画を立ち上げてくれたことにまずは感謝。

 その「可能性」の中でも、僕が断然注目したのは教育の変化、そして場所を移動する時間の圧倒的な短縮である。
 本書に示されていたような方向に進むかはわからないけど、教育のテーラーメイド化が進むのはほぼ間違いないだろうと思っているし、実際今の教育の問題はそれぞれのためにカスタマイズされていない教育を一義的にやってしまっているところにあると思っているから(これは食事など栄養学的な面でもそう思う。誰でも、どんなときでも効く食材が果たしてどれだけあるのか?)機械の進歩によりそれが簡易に測定できるようになればかなり教育に対するビジョンは変わるだろう。

 人間の空間の支配もどんどん進むようである。たとえばニューヨークまで2時間程度でいけるようになれば、これはすなわち僕の実家から大学に通う時間とほぼ変わらないわけである。
 今留学というとまだまだ敷居が高い(この使い方は本当は誤用らしいが勘弁)わけであるけど、場所という魔法がなくなったときより世界はミックスされた状態になってしまうのだろう。多分そこに感じる哀愁もあるに違いないけど。

theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

対話249 アーニー・J・ゼリンスキー 『ナマケモノでも「幸せなお金持ち」になれる本』

2009.10.29.00:02




<お気に入り>
個人的読みやすさ:A (1ページに1法則なので気軽に読める)
読書時間:40分


 まさに、作家のウィリアム・フォークナーが指摘するとおりだ。
「悲しいことに、人間が来る日も来る日も一日に八時かも続けざまに行えるのは仕事だけだ。八時間休まずにものを食べるのは無理だし、八時間ぶっ通しで愛し合うこともできない。八時間つづけられるのは仕事だけだ。人間がいつも仏頂面をして自分や他人にいやな思いをさせるのも無理はない」(p.220)


30分以上かけて文章打ったりいっぱい引用したりをしていたのによくわからないけど保存もされていなかったので泣く泣くリライト。

僕はそもそもノマド的な、特定の場所や所属を持たずに働くということに一定の憧れを抱いていたため、本書も興味深く読むことが出来た。
ただ、筆者自身も現在の立場を築くまでにはやはり相当な苦労はしたようで、今の僕自身には色々な部分で覚悟が足りていないなということを思わされる。

とはいえ、本書を読むことでよりいっそうそのような生き方をしてみたいということは感じるようになった。そういった生き方もやはりひとつの文化なのであって、そして僕はその文化の中に入りたいと考えている。

これは現代において精神的ブルジョワジーとは何か?そしてそれになることは出来るのか?という問題だ。

いずれにしてもまだまだ道は長い。

theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

ついついついったー

2009.10.25.22:29

前も書きましたが、絶賛twitter中なのでお気軽にフォロー下さい。
http://twitter.com/

image_streamerで検索していただければ出てくるかと思われます。

ちなみにtwitterというのは(わかっている方も多いと思いますが)ネット上でのつぶやきを共有して、誰かのつぶやきに気軽にコメントできたりフェイバリットとして保存したりということが出来るサービスです。僕も最初その面白さがまったく理解できずに半年くらい放置しましたが、フォローの数が100くらいいった辺りからなんとなく面白くなりはじめ、ここ最近で完全に嵌りました。ネット怖っ!

頭が良くなるということ

2009.10.25.15:51

ここ数日、急激に頭が良くなったような気がする。

頭が良くなったといっても、外部的な指標でよい点数を取ったとか、人から褒められたとかそういうことではない。ただ単に、自分自身をそう評価できる程度に、内的なところで変化があったような気がするというだけだ。

でも1つの物事を感じるときに受けるインプットの量があからさまに変わったし(少し一瞬の時間を遅く感じる?)、比例してアウトプットの量も半端なく上がった。今までアイディアの種みたいなのを書いていたメモ帳は1日に半ページ、良くて1ページぐらいしか進まなかったのに、今日はもうおきてから見開き4ページ分くらい埋まってしまっている。そして何より人生が楽しくて仕方ない。ハーレルゥーヤ!ってまさにそんな感じ。我ながらちょっとウザい。

夏休みのトレーニングが終わったあと、割と僕は自堕落に暮らしていたのに何故いきなりこんな変化が起きたのだろう。夏休みのトレーニングが段階的に効いてきた、というのももしかしたらあるかもしれないけど、むしろ僕の生活に心地よい程度のストレスが最近あるからなのだと思う。それが着火の鍵であり、トレーニングはその炎を大きくするガソリンのようなものなのだろう。火がなければガソリンはただの匂いのする液体なのだ。

僕はその人の性質が内在していて無条件にいつでも引き出せるもの、というようにはあんまり考えていない。なのできっとこの覚醒モードみたいなのもちょっとした拍子に影に隠れてしまうということもあるだろう。頭が良くい続けるということは、つまるところそのときのような環境に居られ続けるかという環境構築能力と言ってしまっても良いだろう。僕はここ最近、確かに正しいライフスタイルを送り(二度寝とかは結構しているけど……)義務を果たし、つまり自分で作った約束を守り、豊潤な思索の時間が取れ、そこから生まれた考えを発表し、いくつかのフィードバックを受けている。むしろ、それらによって頭が回る状態でいてもいいのだ、と許されたように感じているのかもしれない。人生にはいかなるときも許しが必要なのである。

このような環境をいかにこれからも構築していくか?
これは何も外部環境を整え続けることだけを意味しているのではない。内部環境さえ十全であれば、外部環境がいかように変化しても乗りこなすことが出来るのであるのは無数の先人たちが証明しているのだから。ただ、未だ外部環境に大きく依存しているような状態であれば、自分にとって適切な外部環境を構築していく傍らで、内部環境を意識的ないしは無意識的に整え続け、最終的にはどんな外部環境にも動じない人間になることが望ましいのだろう。そして、それは外部環境という”親”からの真の巣立ちなのだと思う。親離れというのは直接的に肉親だけをさすのではなく、それまで当事者を包み込んできた環境からの巣立ちすらも意味する。

いずれにせよ、ひとまず今は覚醒モードを楽しんで、素晴らしいものを吸収しながら色々な形でそれを表現していきたい。

対話248 スラヴォイ・ジジェク 『ラカンはこう読め!』

2009.10.25.15:23



<殿堂入り>
個人的読みやすさ:C (たまに内容についていけないことがあった)
読書時間:2時間


今宵、計画通りにやってみましょう。
うまくいけば、先方は邪なココロを抱いて正しい行為をするわけだし、
こちらは正しい心を抱いて正しい行為をするわけでしょ。
どちらも罪ではないけれど、罪深い行為にはちがいない。
とにかく、やってみましょう [第三幕代七場](p.190)


のんびりのんびり味わって、自分の消化の音を全部聞き届けてみたくなる本が確かにある。この本はそんな本の1冊だと思う。

単刀直入にいって、素晴らしい本だった。僕が普段なんとなく考えていたこと、なんとなく感じていたこと、でも言葉にはうまくしづらいような感覚、それらをジジェクはうまく言葉に拾いあげ、さらに僕の考えも及ばない程度に堀りまくり、結果ここに奇跡的な書籍が誕生した。ファンファーレ!

読んでいるとき、僕はラカンの本のつもりで読んでいたけど、あとがきとかアマゾンのレビューを見るかぎりむしろラカン的思考法を実践したジジェクの著書、というように読んだほうがいいだろう。入門書というよりそこから新しく生まれた思想書というか、世相をラカン的に切り取った本というか。いずれにせよ僕的には大ヒットだし、ここまで他の著作を読みたいと思った人は久しぶりである。とりあえずジジェクとラカンはもの凄い勢いでチェックせねばなるまい。

ボーアの家の扉には蹄鉄が付いていた。それを見た訪問者は驚いて、自分は蹄鉄が幸福を呼ぶなどという迷信を信じていないといった。ボーアはすぐに言い返した。「私だって信じていません。それでも蹄鉄を付けているのは信じていなくても効力があると聞いたからです。」(p.59)

ここで指摘されていることはプラシーボの研究からも報告されている。たとえそれがプラシーボと知っていても、プラシーボを通して効果があるということを知ることで実際に効果が出るのだ。そこで見えるのは”本当に”因果関係的に、直接的に効果が発生するか否かではなく、そのような相関関係が見られたかどうか、そしてそれが自分の信じたいことであるか否かということなのだ。うまく言葉にするのが難しいが、他者性ってのは容易に自分のものとして取り込まれるものだし、その意味で人間はつながっている、あるいは飲み込まれているのだと思う。それが本書の指摘するところの<大文字の他者>のなんとなくな概要なのだろう。

「(前略)それなら跪いて、信じているかのように行動しなさい。そうすれば信仰を追い払うことが出来るでしょう。もはや自分で信じる必要はないのです。あなたの信仰は祈りの行為へと対象化されたからです」。(p.60-61)

これも逆転的な発想だけど、的を射ているように思う。ある意味それは人格の切り離しなのだ。人格という言葉が気に入らなければ側面と言っても良いと思うけど、行為に自分自身の人格を引き受けさせることによって、人間は驚くほど様々な人格を持ちうる。シャーマニズムやアニミズムに見られる儀式が良い例だ。彼らは日常においては普通に生活しているケースが多かったのだろうが、しかし儀式の際にはそれとはまったく異なった性質を現す。それは儀式を”象徴”としてある別側面を預けていたからであり、だとすれば人格はかなりの部分で外部委託的なのである。

例を出そう。人格は金であり、儀式はゲームである。僕らはそのお金であるゲームを買う。もはやそのとき使ったお金はゲームとして別物になってしまっているように思うが、しかしプレイボタンを押せばいつでもそのゲームを起動してその世界に入り込める。ゲームの中では僕らの日常とは違ったことを出来たりするわけだけど、ゲームを消せば普段の生活に元通りだ。ゲームの中で色々しようが、それが”私”と”ゲーム”という形で完全に切り離されていれば周りから非難を受けることもあまりないはずである。

このとき、ゲームをしているときの人格は完全にゲームに預けられ、それをおろすまで(ゲームをプレイするまで)その人格は発生しない。何もない場所でゲームをするようなそぶりを見せたら病気だが、ゲームが目の前にあるときにゲームをするのは趣味の問題であって、弾圧を受けるほどにとがめられることは比較的少ないはずだ。

素粒子のもつエネルギーは、ひじょうに短い時間内であれば、激しく変動しうる。すぐに返済しさえすればエアチケットを買う金を「借りる」ことを「容認する」航空会社の経理システムのように」(p.131)

この例えは原因と結果の関係性を再び僕に考えさせてくれる。結果が同じであれば原因はいかようにも出来る、その過程もいかようにも出来る、というのは「うみねこのなく頃に」の1つの重要なテーマであるが、これが素粒子レベルで実際にそう考えることが出来るというのが僕にとっては驚きなのだ。

人間の動機に関しても、これに似たようなことが想起される。僕がたとえば大学に入りたいと思ったとしよう。実際に合格して入る。そして合格体験記にそのときの志望動機などを書き散らしたりする。しかし実際そこに行くまでにその過程は揺れに揺れまくっているのだ。僕が知覚しているレベルでもそれはいえるし、実際知覚していないレベルにおいても含むのであればそれは明白だろう。ただ、結果としてはいくつかにこしらえられた原因に落ち着く。それはあたかも最初からそうであったかのように思える。

アメリカの成人の半数は「原理主義」と呼びうるような信仰をもっているそうだが、この最近の宗教的原理主義の潮流は、ひねくれたリビドー経済の優勢に支えられている。原理主義者は信じるのではなく、じかに知っているのだ。リベラルで懐疑的な冷笑者と、原理主義は、その根底にある基本的特徴を有している。どちらも、本来の意味において、信じる能力を失っている。(p.197)


私たちは何をどこに預け、そして何を「預けていない」のかを知らないのか。

私たちはそれぞれ、人格、性格の一部を行為や儀式に預けている。そして必要になったらそれを降ろす。だからその行為や儀式を忘れた時に、私たちは自分の人格や性格の一部を同時に喪失してしまうことになるのだと思う。

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対話247 台 夕起子 『10分もいらない!3分間速読―速読の鍵は「オーラ視」にあった』

2009.10.25.08:59




<お気に入り>
個人的読みやすさ:A (文字が1ページ辺りに少ないのも影響してもの凄い速さで読める)
読書時間:30分 (練習時間含める)


つまり、くり抜かれた穴とドアとは端部を共有しているわけで、どちらかを描けば、もう一方も描いたことになるのです。
これを応用して、つまり、本を見るとき、活字の部分を”観る”のでなく、ページに残された活字以外の余白を”観る”のです。(p.30)

このとき、観る目に合わせて、呼吸をするともっとよく理解できます。
目の流れに合わせて、口から息を細く長く吐くのです。
この”吐く息”により集中力が増すからです。
この練習を繰り返せば、あなたの読書スピードは必ず10倍になります。(p.36)

足の裏から根が生えて、床にピタッとついて離れないと思って下さい。(p.93)


この本を読んで、実際に読書がただちに速くなった。この本は、僕の忘れていた大切なエッセンスを思い出させてくれた。

この本には眼球トレーニング的な内容も含んでいるのだけど、引用した上記の3点は普通に即効性のある読書改善法だと思う。周辺視野が大切、呼吸が大切、姿勢が大切、というのは今まで書いてあった本にもあったし、自分でも大切なのだろうとは思うのだけどいつも少し忘れがちになってしまう。しかし余白を観る、と意識すれば自然と注意が全体像に向かうことになるし、姿勢を崩しやすい僕でも足が根のように地面に張り付いているのをイメージすればたちまち姿勢が改善される。このように、実際の行動に対して強制力を持たせるような表現の仕方がうまいのだと思う。

僕は個人的にこの本のようなどこか怪しげな速読術は回避してきた。んじゃあフォトリーディングは怪しくないのかよ、と突っ込まれたらもうそこは程度問題ですたい、って感じで逃げるしかないが、少なくともフォトリーディングに”オーラ視”とか”気”とかいった要素は出てこないだろう。本書では特にひるむことなくそのようなキーワードがばんばん散見され、科学的にどうなの?と思わず思わないではいられないような記述がそこらじゅうに散りばめられている。

なので、この手の本を読むときはかなり読み手の状態に依存してしまうのだと思う。僕のスタンスには、それが科学的にあっているにしろ間違っているにしろ、そう想像することで自分にメリットが発生するなら全てよしという考え方が基本的にある。実際、気だとかオーラ視をイメージすることでなんらかの効果が発生することは(僕の内部世界では)疑いようのないことなのだ。きっとこれは今まで加速学習とかを積み上げてきた結果だと思われるので、そういう意味では何もしていない状態でこの本を読んだらただのトンデモ本、と吐き捨てていたに違いない。

速読初心者がこれを読んでもの凄い出来るようになるかどうかというとよくわからない、ましてや科学的思考、論理的思考を好む人間にはほぼ絶対に合わない気がするけど、ある程度速読が出来る状態になっていれば有益なアドバイスをここから発掘できると思う。僕の場合は少なくともそうだったし、この本に乗っているトレーニングみたいなのもちゃんとやればさらに速くなるような実感がある。一応少しやってみたけど脳への反応もばりばり感じられた。

ところで、今の状態で速読教室などに通ったらかなりの成長が体感できそうという根拠がまったく不明な変な確信があるのだが、近頃の相場はおいくらぐらいなんでしょ?

theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

対話246 チップ・ハース, ダン・ハース 『アイデアのちから』

2009.10.25.00:59




<殿堂入り>
個人的読みやすさ:B (小さいストーリーが多いので)
読書時間:1時間半


知識のスキマは興味を生み出す。だが、知識にスキマがあることを実証するためには、まず何らかの知識に光を当てる必要がある。(p.130)

計算しただけで慈善意欲が低下する。これは衝撃的な結果だ。いったん「分析」という帽子をかぶった人は、感情に訴えられたときの反応が変わってしまう。感じる能力がそがれてしまうのだ。(p.229)


泣きたくなるくらい良い本だった。

2009年において、個人的にはトップといってもいいくらい読んでいて楽しかった。久しぶりに周りの人に薦めたくなる本に出合えて僕は非常に嬉しい。

アイディアに関する本はいままでいくつか読んできたけども、それらのいずれもいかにアイディアを着想するか?というところに焦点が当てられていたように思う。この本ではむしろ、記憶に張り付くアイディアはどのようなものなのか?ということに焦点が当てられ、SUCCESs(Simple Unexpected Concrete Credentialed Emotional Story)の法則という形で順番にそれぞれの要素が取り上げられていく。

とにかく、この本に入っている事例全てが面白い。いや、全ては言いすぎなのかもしれないけどほとんどが面白い。まだ読んでいないならこれは是非手にとって読んでみて欲しい。このブログで僕が読書メモを書いている理由は基本的には僕自身のためなんだけど、今回はむしろこの面白さを誰かに伝えたい気持ちでいっぱいだ。もし今日学校があったなら、僕は会う人たち全員にこの本の面白さを宗教的情熱さをもって伝えているだろう。つまりもの凄い迷惑な存在になるわけだが、そうなることも厭わないくらい僕は感動したのである。

思えば、僕は何かを着想する事自体はとても好きな子供であった。ストレングス・ファインダーでは僕の一番の適正として<着想>が来ていたし、一人っ子ということもあって(?)昔から空想遊びを良くする子供だったという事実も両親の証言から得られている。でも、それをいかに他者に伝えるか?というところが思い返してみれば不足していたのだと思う。つまり僕にとってこの本はまさに待ち構えていた本であり、今までの自分の不満だとかフラストレーションが一気に蒸発してカタルシスを覚えまくりの状態だといえばなんとなく僕の精神的興奮を理解していただけるだろうか。

この本を読んだからといって僕のブログがすぐに面白くなるかはわからないが(保険)、ともかく当面の間この本は僕のバイブルにしたいと思う。<殿堂入り>という項目は実際のところ超良かった!くらいにしか今まで機能していなかったけど、この本は掛け値なしに、少なくとも僕にとっては、正しく<殿堂入り>ということが出来る。自分でも褒めすぎていて気持ち悪いなーとか思うけど、実際そのくらい興奮したのだからしょうがない。

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genre : 本・雑誌

対話245 内宮 慶一 『TOEFLテスト 一発で合格スコアをとる勉強法』

2009.10.25.00:26




<お気に入り>
個人的読みやすさ:A
読書時間:30分


私がおすすめするTOEFL対策の4大原則はこれです。

1.TOEFL用ボキャブラリーの重点的学習
2.過去問の徹底的活用
3.電子辞書の活用
4.リスニング改善のための5ステップ訓練法


何故、僕は今までこれを読んでいなかったのか。

僕は今までなんだかんだTOEFLを3回くらい受けてきたのだけど、今から考えると何故この手の本を最初に読まないでそんな無防備にやってきたのか、我ながら驚かされる。おかしいなー、何事もまず開設本から入って実際の行動はあんまりしないのが僕の持ち味だったような気がしていたのに、それが逆転してしまっていたような気がするよ。

とにかくこの本で説かれているのは過去問の大事さ、それとTOEFL用の塾などに入ることである。後者は商売のためもあるのだろうけど、実際問題ListeningやSpeakingを一人で伸ばしていくのはとってもめんどくさい。僕の場合まだ英語が日常的に使える環境にあるといえるし、冬楽器にはまんまTOEFL対策の授業が用意されていたりもするからいいけど、そうでない場合TOEFLはどっか外部委託したほうがトータルで考えて賢い、という場面も多いように思う。なんたって、一回受けるのに20000円以上するからね。アホかとバカかと。

この本を読んで一番反省させられたのがボキャブラリーの軽視について。僕は三回も受けているのに、ボキャブラリーの勉強はなぜかまったくしてこなかった。本当なんで?と思ってしまうけど、していなかったのだからしょうがない。思えば、もしかしたら変にボキャブラリーを覚えなくても類推でなんとかできるのではないかと考えていたのかもしれない……結局あっちの大学にいったらボキャブラリーが必要なんだからさっさと覚えておけばいいのにと冷静な頭では思うのだが……なんだかんだ高校くらいから発症した暗記メンドクサイが未だに続いているということなのだろう(先日もそのせいで1つテストを失敗したし)。これからは暗記ラヴァーに俺はなる!

とはいえ意気込んでみるのは誰でも出来るので、それを継続させる仕組みづくりをむしろ考えていくほうが有意義なのだろう。今日何個か、ライフスタイル全体に関わる個人的に大きな発見をしたので、それをどうやって運用していくか何日か試してみる次第。

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genre : 本・雑誌

能動的な読書とは

2009.10.24.09:42

気が付けばすっかりただの読書サイトとなっているけど、良く考えたらこのサイト、もともと加速学習サイトでした。危ない危ない、半分くらい忘れてた。

さて、反省したところでやっぱり読書の話題でもしようかと思いますが、”能動的に読書する”っていうのはなかなか意識がいることだなと最近感じるなあと。

僕は読んだものの大体はブログに載せているのでそれで結構満足しがちになってしまっているのだけど、かといって読んだものの大部分を消化できているかといえば間違いなくNo!だし、特に技能系や自己啓発系の場合、読んで発奮しただけで実際それを手に入れていないってことがあまりに多い。

これは読書がテレビなどの媒体と違って、こちら側から働きかけないと読めないので、読めた時点で一定の満足感を得てしまいやすいってことも原因のひとつとしてあるなあと思う。読書をする、というだけでなんか能動的になっているような錯覚に陥ってしまって、結局それを他の行動にうまいこと運用できていないというか、効果的に使えていないというか。

それでも読書をまったくしていないよりは絶対したほうがいいと思うし、無意識的に読書の効果が日常でも出ているのだろうけど(特に思想系)、でも読んだからにはもっともっとその内容を血肉としたい。特に良い本であればあるほどと思うのは自然なことだろう。

僕の場合、本についているワークみたいなのはほぼ絶対にやらない派なので、良いと思ったらまずやってみる時間をとるのがいいのかもしれない。ただ、ああいうのって必要に迫られないかぎり(例:就職活動)なかなか一人では出来ないことではある。うまいこと人を巻き込む形でここらへんをシステム化できればと思うけども。

あと、基本的なことだけど読むときに(特に物語を読む時に)情報処理的に読むのではなく、キャラクターに移入する形で読んだほうがあとあと記憶に残る。現在の僕の場合、どうしても情報処理的に読んだほうが速いのでついつい情報処理的な読み方をしてしまうのだけど、ここらへんの読み方はもっと探求する必要があるなあ。友人の行っている映像的に読む、というのをもっと自分なりに深化させてみるのもいいかもしれない。

対話244 中沢 新一 『鳥の仏教』

2009.10.24.01:08




個人的読みやすさ:A (本章は読みやすいが解説が若干わかりにくいかも)
読書時間:30分


『鳥の仏教』は、チベット人の青い鳥のお話である。そこでは青い鳥は現実の鳥カッコウであり、そのカッコウの口をとおして語られる幸福論は、曖昧などころか、少しの揺るぎもない仏教思想の土台に支えられていた。(p.96)


経典としては比較的新しいものなのだが、鳥をモチーフにした物語調なので非常に読みやすい。また、本書ではカラーで様々な鳥が描かれており、見ているだけでもなんとなく楽しい気分になってくる。

アニミズムと仏教の繋がりについて後半書いてあったけど、本書ではそれを充分に実感することが出来た。どうやらチベット仏教においてカッコウというのは神聖な鳥らしく、このストーリーはカッコウがその他の鳥たちと共に仏陀の教えを口にしていくという感じで進んでいくのだけど、その鳥一羽一羽がとっても偶像っぽいのだ。言葉を変えるとミュージカルっぽい。ある概念に1羽の鳥が当てられていてそれがころころ変わっていくっていうこの流れはRPGのラスボス前らへんのイベントの構成に似ていなくもないなと思う。ちなみに鳥達の囁きはこんな感じ:

「(前略)人生で大切なことをなしとげないでいると、あなたは精力を失うことになる、コッゴー。
裏切りをはたらくと、あなたは信頼をなくしていく、コッゴー。
つぎつぎと新しい友達をふやしていくと、確かな人間関係は失われていく、コッゴー。
自己満足にひたっていると、あなたは正しい判断力をなくしていく、コッゴー。
憎しみの感情にひきずられると、心を向上させていくチャンスをなくしてく、コッゴー。
あまりに頑固だと、あなたは冷静さをなくしていく、コッゴー。
信頼できない生き方をしていると、あなたは確かな言葉をなくしていく、コッゴー。(p.54)

すべての鳥がこんな感じで語尾になんらかの意味をもたらせた鳴き声をつけるので(上記の場合は孔雀で、「コッゴー」という鳴き声に「あなたは失うことになる」という意味を持たせている)これを連続して頭で再生していると妙な焦燥感に捕らわれるというか、不思議な気分になる。テンポがよいのだろうか。

ただ、鳴き声の中にはあれな日本語を連想させてしまう言葉もあったりする。

「ダルマの根元を固めるのは、穢れない道徳的な生き方です、スンゴー!
神々の済む天国の生活であっても、それは輪廻の中にあるのですから、望んではなりません、スンゴー!
怠けたり不精をしていると、良きおこないの得は妨げられると、警戒しなければなりません、スンゴー!(p.29)」


残念ながら爆笑した。

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genre : 本・雑誌

対話243 中島 孝志 『インテリジェンス読書術―年3000冊読破する私の方法』

2009.10.24.00:19




個人的読みやすさ:A (まさにザ・新書)
読書時間:20分


読書は知識、情報、発送の宝庫です。そして、これらはどこかで必ずつながっているのです。漫画だろうと、推理小説だろうと、貴重で価値ある情報=インテリジェンスなのです。これを間違ってはなりません。大切なことは、ベストセラーでも毛嫌いしないで読むことです。(p.68)


本書は速読本ではなく、どのようにして取り入れた情報から発想していくか?ということに焦点が主に当てられている。その意味で僕のスタンスととても近いし、事実読書の方法も僕と非常に似通ったものだった(読書は基本的に付箋を貼ってあんまりメモしないとか)。まあ僕は180冊も本を書いてはいないけども。

この本を読んで思い出したのが視野の使い方。目を滑らせるのは最近かなり良くできるようになったのだけど、ついつい油断して周辺視野への意識が途切れてしまったりしていることがよくある。これを意識しているかしていないかで上達にかなりの差が出るように感じているので、この点を忘れないようにしたいと思う。

それと、タイトルの年間3000冊というのを見て、なんだかいつの間にか自分自身勝手に制限をかけてしまっていたなあと感じる。僕はブログに書くために一応一冊の全てに目を通すようにしているけど、もうちょっと柔軟に読書をしてもよいのかもしれない。とりあえず本書に励まされたので、これからはさらにアウトプットを意識した読書を続けていきたい、と椎名林檎の「金魚の箱」を聴きながら思った。そういえば最近京極の作品を読んでいないなー。

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genre : 本・雑誌

対話242 佐藤勝彦 『眠れなくなる宇宙のはなし』

2009.10.23.22:12




<お気に入り>
個人的読みやすさ:A (挿入されている絵がとてもわかりやすい)
読書時間:30分

天文学はもっとも古い起源を持つ科学といわれます。それは呼んで字のごとく「天からの文」、つまり天のメッセージを理解しようとする学問でした。天からの手紙を読み解きたい、天の意思を知りたいと考えていたのです。(p.20)

僕個人、天文学には以前から興味があって、大学でも天文学の授業を取ったりなどしていた。本も入門書みたいなのを色々と手を出してきたのだけど、その中でもこの本のわかりやすさはぴか一といってもいいと思う。途中途中で挿入される絵が本当に理解を助けてくれて、前々からよくわかっていなかったインフレーション理論だとかヒモ理論に関する原型イメージが形成できたのがよかった。

それにしても天文学はロマンのある学問である。特に古代では科学のような指標がなかったから、ここから占星術やら神話やら、色々なものが誕生した。宇宙は人間の想像力に火をつけ、爆発させてそれが文化として語り継がれるようになった。宇宙と聞くと日常生活からかけ離れたもののようについ思ってしまうけど、僕らの文化はたどっていくと宇宙にたどり着くのだと思うととても興味深い。

あと、宗教と科学というのがこの本の中で1つのテーマになっているのだけど、少なくとも近代までのすぐれた科学者は同時に宗教家でもあったというのは示唆深いと思う。宗教もまた、神話と同じく創造力と統制の産物だ。使い方さえ間違えなければ創造力をスパークさせ、ゆえに天文学などの土台を形作るのに非常に相性がよい。ここで大事になってくるのは相対的な視点、宗教(思想)と科学の両方の価値を認めて、両者をうまいこと運用できるようにするメンタルなのだと思う。

それにしても、知れば知るほど面白い現象がこの世には渦巻いているのだなと感じる。
一番衝撃だったのが、とても身近な話題で申し訳ないんだけど北極星は4000年後くらいには変わっているということ。北極星って永遠にあれじゃなかったのかよ!という驚き。

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対話241 asta*編集部 『魅せるひとの極意―愛読書に一流の哲学をみる! 』

2009.10.23.21:23




<お気に入り>
個人的読みやすさ:A (1つ1つの章が短い)
読書時間:30分

そうなると、やはり専門家にならなければいけないし、専門家になると専門性の呪縛に陥ってしまい、結局、自分たちの世界というものを矮小化したり、卑小なものにしてしまう、という傾向があるのも残念です。(p.67)

著名人の方々の「私の一冊!」的な本。実際は一冊じゃなくて何冊も紹介されているけど、普段読む読書家の「一冊」ではなく芸術方面を中心とした人たちの「一冊」なので、受け取り方とかにも新鮮味が感じられてよかった。

演出家の蜷川幸雄が指摘していたのだけど、「<私>を通さない表現は高が知れている」というのはまさにその通りだと感じる。文章を読むにしてもなんにしても、そこに入り込む必要があるし、出てくるのは自分自身を通過したものでないと自分自身が理解したことに結局はなりづらいのだと思う。無論、全ての物事に対していきなりそれが可能なわけはないけど、そういう法則が存在しているということをこころにとめておきたいなと思う。

また、萩尾望都が相対化の大事さを『アダルトチルドレン・マザー 「よい母」があぶない』を通じて唱えているのもなんとなく新鮮に感じた。引用すると、

そして、<相対化>という言葉を見つけた時、あっこれだ、と思いました。母親の世代の人たちは、物事を相対化するのが苦手なのではないか、と思い当たったのです。つまり、自分と娘の立場を分離して物事を見ることが出来ず、娘とはこういうものだ、と自分の内部に取り込んでしまっているわけですね。(p.53)

これを見ていると「相対化」という言葉が持つ機能みたいなのを感じられずにいられない。言葉は目には直接的に見えないものだけど、やはりこれも1つの発明品なのだと思う。相対化なんてもう僕らの世界にはあたりまえのように定着しているけど、やっぱり全体的な視点から見ればまだまだベイビーな概念なのだ。きっと今日もベイビーな概念が生まれて、そのほとんどは短い寿命を迎えながらも、いくつかは亀のように長生きしていくのだろう。僕らはその「長生きな亀」の背中に乗りながら、新しい言葉という植物を育てようと種を植えたり水を撒いたりしている。

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対話240 ペーター シュヴェンクメッツガー他 『怒りのコントロール―認知行動療法理論に基づく怒りと葛藤の克服訓練』

2009.10.23.17:46




個人的読みやすさ:B (臨床の場面がどのようなものかうかがい知ることが出来る程度にまとまっている)
読書時間:40分

すなわち、怒りにはポジティブな面ももっていること、またかならずしも攻撃的行動にはつながらないことが説明される。(p.113)

認知行動療法がストレスという、日常で僕らがもっとも対処しなければならないものにどのように活用されているのかを知るために手にとって見た。

本書はどちらかというと、より臨床的というか、具体的な本だ。実際のセッションがどのような流れで行われて、それに時間はどのくらいかかって、被験者たちは何をするのかということが詳細に書かれている。特にこの分野に習熟していない人にとっては、ひとつひとつの訓練の説明にかけるところがあって一部想像しにくいところもあったかもしれない。というかまさに僕がその中の一人だったわけだが。とはいえ、認知行動療法に関するところについては「へーなるほどこんな風にやるのねー」と思わせるだけのものはあったと思う。

怒りのコントロール方法で古くから使われている「ノートへの書き取り」だけど、この本でも十分にそれが活用されていてなんだか納得させられる。僕が一番記憶に残っているのは、モー娘の中の一人が怒りを感じたとき、その感情をノートに書きなぐることで発散させているのだというエピソード。やっぱりアイドル大変なんだなあとそのときはぼんやり思っただけだが、今にいたるまで強烈に憶えていることを踏まえると幼少の頃より効果があるのだろうと感じていたのかもしれない。

ノートにしてもそうだけど、「可視化」というのはひとつのキーワードだ。別に心理療法に限らず、この言葉は手を変え品を変えビジネスシーンやら日常のシーンで散見される。自分のやったこと、自分自身を俯瞰視するために、自分をまるで他人を見るように眺めることにひとつの意味があるのかもしれない。批評も自分の中にあるもやもやした考えを対象にしていると漠然としがちだけど、ちゃんと文字で形にすると行いやすいというのもあるしね。

今目に見えないものを、いかに目に見えるようにするのか。本書のまとめにも書いてあるけど、これがこの先の未来においてますます重要になってくるのだろう。

この問題について実行可能な簡単な研究は、ビジネスのなかでの不快感や怒りによって日々の労働力がどのぐらい消耗されたかを心理学的評定によって調べることであろう。この比率の算出だけでも、怒り克服訓練の導入は有益であると証明されるだろう。


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対話239 下山 晴彦 『認知行動療法―理論から実践的活用まで』

2009.10.23.00:27




個人的読みやすさ:C (書き手がころころ変わるのでそこが読みづらいかもしれない)
読書時間:50分

認知行動療法は、①治療期間が比較的短期である、②治癒率が高い、③再発率が他の治療法に比べて低い、④患者にとおって問題の理解と治療法の理解が得られやすい、等の点から大きな評価を受け、米国NIHのConsensus Statementにおいて、薬物療法との併用のもとでパニック障害に対する治療法として推奨されるようになっている。(p.118)

大学の人格理論という授業で認知行動療法の何かをテーマにプレゼン&レポート作成することになったので、「まず認知行動療法ってなんじゃらほい?」という、自分から率先して認知行動療法をテーマにしたとは思えないほどの無知さを恥じて入門書を読むことにした。これがビンゴ。

各パートを違う人が書いているので結構つぎはぎな感じは否めないけど、認知行動療法の中身について、またその他の治療法との比較について大まかにつかむことが出来た。なかなか刺激的な世界だなあというのが第一印象。というか、当たり前といえば当たり前なのだけど、この領域はヴィパッサナー瞑想やイメージ・ストリーミングとも繋がってるので個人的に親近感を覚える。

特に認知行動療法の中で興味を惹かれたのがエクスポージャーという概念とEMDRという治療法か。EMDRはよりイメージストリーミング(というか自由連想法)に似ていると思う。それプラス誘導催眠時における振り子運動というのが僕の今のイメージ。

つくづく思うのだけど、現代社会においてはそれぞれが自分自身のカウンセラーになる必要が出てくるのだと思う。というか、今までそういう意識が足りなかったおかげで色々問題が起きていたに違いない。EMDRやエクスポージャーは一人では出来ないと思われるけど、呼吸法や瞑想、イメージ法といった”自分自身をメンテナンスする”習慣をどんどん普及させていきたいと思う。案外僕のミッションはこれなのかもしれない。

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対話238 ベン・コーエン, マル・ワーウィック 『ソーシャルビジネス入門 「社会起業で稼ぐ」新しい働き方のルール』

2009.10.22.22:48




個人的読みやすさ:A (縦書きならもっと読みやすかった)
読書時間:30分

社会変革は人々が日々の習慣を変えたときや、慣れ親しんだことを今までとは違うように見始めたときに始まる。これこそが、ソーシャルビジネスの本質なのだ。(p.146)

本には”新しい情報・概念を仕入れる(あるいはその下地を作る)”という役割と、”既知の価値観・情報を強める”という2つの役割があると感じてるのだけど、この本は僕にとっては後者に当たる。社会企業に関しては周りにそういう友人が多いということもありそれなりに知識があるし僕の価値観にも入っているけど、この本はそれをさらに強めてくれた。ある意味、自己確認のための読書とでも言おうか。

他の類書に比べると例が20社ほど挙げられていて、どのように社会事業を行っているかがより感覚的にわかってよい。
その20社の中でも特に僕の目をひいたのはイマキュレート・ベーキングというクッキーを売ってその金で未来の芸術家に投資するという会社と、アイリーン・フィッシャーという婦人服の企画販売の会社、そしてワイルド・プラネット・トイズという玩具の企画販売会社だろうか。

イマキュレート・ベーキングは芸術とビジネスは割と乖離していることが多い(特に芸術系の学生など)という問題に対して、ひとつの解決策を示している。僕も芸術家は面白い人が多いと思うし、これから積極的に関わっていこうと思うので、こういうアプローチはとても参考になる。普通にこの日本事業部を設立しても面白そうだ。

アイリーン・フィッシャーは非常に大きい会社でありながらも、社内満足度がとっても高い稀有な会社。この満足度というのを僕は本当に大切だと考えている。今の大学を選んだのもこれがひとつの大きなファクターだったし、満足度が低い(あまり幸せに感じている人が多くない)ところの空気は僕に合わない。この仕組みを考える上で、この会社のやり方は本当に参考になる。あと、会議前にヨガとかをするということが書かれているのだが、将来的にこういう取り組みはマジでメインストリームになるのではないかと思う。

ワイルド・プラネット・トイズはおもちゃ会社だが、もともとおもちゃを作ろうと集まったのではなくて、ひとつの志を共有した仲間達が、その手段としておもちゃを選びとって出来上がった会社。僕も含めてかなり多くの人が、将来やりたいことを聞かれたときにその”職種”をあげる。しかし、その前に来るもっと根源的なもの、高次なものを僕らは考えるべきだろう。職種は所詮パッケージなのだから。

初めて会社を経営する人たちが、最初に学ばなければいけないもっとも厳しい教訓は、教師や親ならよくわかっているはずだが、同じことを繰り返さなければいけない、ということである。言いたいことを定着させるためには、何度も、何度も、繰り返す。話を聞こうというすべての人に、会社の価値観を伝える方法を数え切れないほど見つけなければいけないだろう。そして、それはクリエイティブであればあるほどいい。(p.74)

僕は話を繰り返すことを忌避しがちなので、この点は十分に注意したい。

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genre : 本・雑誌

対話237 マルセル モース 『贈与論』

2009.10.21.22:27




個人的読みやすさ:D (人類学的な素養がないとなんともかんとも)
読書時間:1時間

最初に明言しておくと、この本を読む前までマルセルモースが引用された文章はほとんどお目にかかっていない、少なくとも記憶には残っていないし、大学で人類学の授業を受けたことすらない。そのような状態の中で、なんとかかんとか今の自分に抽出できるところだけを抽出して読んだ感じなので僕の理解している部分は正直危なげだ。
概要としてはアマゾンでのレビューでかなり上手く説明されているように感じたのでそちらを参照して欲しい。

ただ、そのようなあやふやの中でもこの本の面白さのようなものはある程度だが感じることは出来た。なんというか、未開的奇妙さが意外に身近にあったときの感覚っていうか。うわー言語化しづらい。しかし、普段何気なく行っている物々交換にも様々な”魔法”がかかっていて、誤って扱ってしまうと”呪い”がかかるというのは、なんとなく実感としてわかるなと思う。普通に実害として人間関係的にもでるだろうし、何より精神的に落ち着かないような気分になる。本書で紹介されている例は僕にはまったくわからないような部族だとかの例が多かったけども、その根本部分では現代に生きる僕もそこまで違いはないのかなと思う。なんだかんだで贈与的な文化の中にいるのだ。それは物を買うという資本社会の中でも変わらず根付いている。

もう少し人類学の素養を身につけてからもう一度読みたい本。

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対話236 大野 純一 『クリシュナムルティの世界』

2009.10.21.15:20




個人的読みやすさ:C (伝記と資料が両方入っている)
読書時間:1時間20分

「……後日、私の発言を権威として引用したりしないでほしい。私は諸君の松葉杖になることは遠慮したい。」(p.125)

いったいなぜ僕がクリシュナムルティに興味をもったのかはすでに記憶がない。
おそらく信頼できるレビューサイトで高評価を得ていたものを連続的にポチポチしていたらその中にクリシュナムルティに関する本が入っていたのだと思う。

クリシュナムルティは宗教的な人間ではあるが、従来の宗教的な手法を毛嫌いしていたという点で非常に面白い。
クリシュナムルティも他の宗教家と同じく教団のトップに一度は落ち着くものの、集団でいることに絶望して教団を解散する。クリシュナムルティいわく、宗教集団というのは真理を掲げればそれに付随して信者がついてきて形成される。しかし教祖がそこにあるということは、信者にとっての松葉杖になってしまうということをクリシュナムルティは警戒している。この点を、クリシュナムルティは西洋と東洋の比較をしながら「西洋では疑いは教義にならないが、インドにおいては古くから教えを疑うことこそ大切なことであった」と説明し、「妄信はその人の感受性を、まるでドラッグを乱用した患者のように弱めてしまう、つまるところ”鈍くなる。”」と警戒を促す。

ここにクリシュナムルティの特異さが現れているように思う。
クリシュナムルティはステレオタイプの宗教家でない人間がどのように世界と接していったのかについて、ひとつの有力な情報をあげてくれているのだろう。
そして、クリシュナムルティの宗教世界における権威否定の考えは、そのままウェブ時代の現代にも見ることができるといったらあまりに強引すぎるだろうか。

まあ、言いたいこととしてはクリシュナムルティって名前はかわいいよねってことなんですけどね。ちなみに名前はクリシュナ・ムルティで区切れているようです。あと、彼の常食がハチミツとニガヨモギっていうところになんかときめきを覚えた。


・まだまだ読んだ直後でいまいち自分の考えがまとまりきっていないので、びびっときたフレーズを引用して羅列。

「感情にとっての究極目標とは何か?それは慈愛に満ちた無執着である」(p.110)

真理は無制限であり無条件のものであり、それゆえいかなる道によろうと組織化されることはできない。また、ある特定の未知に沿って人々を導いたり強制したりするためのいかなる組織も作るべきではない。もし諸君がそのことを理解すれば、信念を組織化することがいかに不可能かがおわかりになるであろう。信念は純粋に個人的なことがらであって、それを組織化することはできないし、またそうするべきではないのだ。(p.142)

諸君は自分がどこまで進歩したか、諸君の霊的段位はどうなったかを告げられることに慣れておられる。なんと幼稚なことか!諸君の心が腐敗しえないかどうか、諸君自身以外の誰が諸君に継げることができよう?これらについて、諸君は真剣ではない。(p.150)

「高僧のかわりに独裁者たちが君臨し、儀式にかわって軍事パレードがとりおこなわれるナショナリズムが、いまや新しい世界宗教になったのだ。」(p.187)

「慈悲心とはすべてへの情熱です。愛は苦しみません」(p.231)

「学校でも家でも、私たちはしきりに恐怖の中でしつけられる。私たちの人生は恐怖によって形作られ、そして子供のころから死ぬまで私たちは恐れている。」(p.345)

彼の言う瞑想の重要な鍵を握っているのは動機の確認であり、瞑想者、求道者はまず何よりも自分の動機を確認しなければならない。(p.370)


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対話235 トーマス フリードマン 『フラット化する世界 [増補改訂版] (上) 』

2009.10.20.15:03




個人的読みやすさ:B (内容は平易だけどエピソードが多い)
読書時間:1時間半

前々から気になっていたのだが、病院というほかに何もすることもない閉鎖空間に閉じ込められていたおかげでようやく読むことが出来た。読み終わってからの結論としては、もっと早くことの本を読めばよかったということだった。

最近、ある人の影響もあり未来社会がどうなっていくのか、そしてその社会の中で自分がどう生きていくのかということについてとても関心がある。ノマドだってフラット化された世界の中に生まれてくる。この本の最後のほうで、フラットを望まない人たちの話が出てくるけど、フラット化エネルギーと反フラット化エネルギーの衝突によって世界がどのように変化していくのかを考えるとわくわくしてくる。

この本の著者はアメリカ人ということで、迫り来る中国やインドの成長を見ながらアメリカ人にたいして警鐘を鳴らしているのけど、この警鐘は日本人にもそのまま当てはまるのではないかと感じた。
アメリカと日本ではグローバル化の度合いが違うからまったく同じようには扱えないかもしれないけど、少なくとも若者の一人である自分としてはインドや中国といった国々の若者の持つ成長意欲というものを意識して生活していきたいなと思う。それは日本にいると気付きにくいことだけども、今留学している友人全員からその証言を聞き取ることが出来るし、そちらにあわせて自分を成長していくようにしたほうが将来の自分にとっての大きな財産を残せるのだと思う。

僕は不幸にも生のバリバリ成長意欲を発散させているインド人にも中国人にもそれほど会ったことがないということもあり、今一まだ話がリアルに降りてきてはいないけども、とりあえずは彼らと出会えて刺激を受け取れるような場所に身を置いていきたいと思う。思わずひねり潰されてしまいそうという懸念はあるが(まあそもそも敵にすらならなそうでもある)。

それと、この本を読んで個人的に決心したのが数学を始めること。僕は高校レベルらへんからしてすでに怪しいのだが、これからの世界がフラットになっていくということを仮定した場合、もう少し数学に強くなる必要がある。丁度今統計の授業をやっているのだけど、わからないところにぶつかりながらもなかなか楽しさを感じ始めているところであるし。

ということで、これからの自分に必要なのは語学(特に英語)、プログラミングに関する会話に最低限ついていけるだけの知識、数学知識といったところだろうか。こう並べてみると自分の思った以上に時間がないということに気付かされてはっとする。

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対話234 島田 雅彦 『小説作法ABC』

2009.10.19.11:45



個人的読みやすさ:C(小説の例が多い)
読書時間:1時間10分

ちょっと前、ある日突然小説家になろうと決めた僕はありがちに2、3作ほど作ってネットに投稿してみせてそこそこの反応を得たけども、ある小説を書いているときに行き詰まり、結局そのままやめてしまうというありがちな展開を見せた。

ただ、ずいぶんと小説というものから離れてしまったけどなんだかんだでまだこんな本を読んでいるということはまだ未練があるということなのだろう。というよりはむしろ僕自身が小説家という生き方に向いているのかを調べるために読んだといったほうが良いかもしれない。

この本はその「小説家になぜなるのか?」という問いにもちゃんとある程度の解を与えてくれているし、「どうしたら素晴らしい小説を作ることができるのか?」ということについても解を与えてくれている。いくつも例を引っ張りだしてわかりやすく項目別になっているということもあり、以前読んだhow to小説みたいな本よりも個人的な印象は良かった。

僕にとっての「なぜ小説を書くのか」という問いに対する一つの答えなのだけども、自分の中にある一つの人格を成長させるため、形成させるためというのが一番近いのかもしれない。モデル思考という頭の中で他人の中に入るというイメージトレーニングも最近はずいぶんご無沙汰ではあるけど、僕は根元的にこの”召還魔法”の体系が好きで、自分の中に拡張した世界を作りたいのだと思う。その一つの手段としての小説、と考えれば、なんとなく僕が小説を書くことに未練を感じるのも我ながらわかる気がする。

小説のスタイルにもよるだろうけど、小説をかくということは他者の視点を獲得するということにもつながる。文字という健在意識から来る媒体を描くことによって、その潜在意識を自分の血肉とするような行為ということができるのかもしれない。

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対話233 松村 潔 『日本人はなぜ狐を信仰するのか』

2009.10.19.07:38




個人的読みやすさ:D(後半になるにつれ背景知識抜きにはつらい展開に)
読書時間:1時間20分

ちょうど今大学のほうで日本の宗教に関する授業をとっているということもあり、いろいろとマンガのモチーフになることの多い狐に僕が興味を抱いてもいささかの不思議もあるまい。
ただ、あまり宗教や神話に知識がない状態で読んだからなのか、特に世界各国の神話が出てくることの多い後半部分はかなり苦労して読み進めることになった。

日本の狐はつまりは大いなる自然とを結びつける媒介物であるというような論調もおもしろかったが、巫女の存在や鳥居の解釈など、どちらかというとそういうところにひかれた。

巫女に関して言えば僕は巫女に対してイノセント、純粋無垢、真っ白、アイドルはおしっこしません的なものなのではないかと勝手に幻想を抱いていたのだが、むしろ古代において巫女は神的なものと交わることでトランス状態に入っていたそうだから(そのときのアイテムが鰹節というのもカオスである)、僕が今まで抱き続けていたイメージとはいかなり違うものになる。実際、巫女の中には遊女を兼業していた人もいたそうだ。なんだかんだ、やっぱり日本の土着的な宗教観はキリスト教や仏教ともかなり違うのだろうなあと思わされる。

鳥居に関しても興味深い。鳥居の色が朱色なのはそれは個人性の強い色であり、客観性の強い色である青とは対照的であると筆者はしている。僕の一番好きな色は青だったのだけど、これには一歩置いた状態であるという解釈がとられている。この解釈をもって、国旗やらパーソナルカラーを考えてみても楽しい。また、逆にパーソナルカラーのイメージを変えることで性格をある程度変化させることも可能なのであろう。

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対話231 ハワード ブローディ 『プラシーボの治癒力―心がつくる体内万能薬』

2009.10.18.13:38



個人的読みやすさ:C(ケーススタディーがちょっと多い)
読書時間:1時間50分

個人的に非常に関心のあるプラシーボに関する著作ということでわくわくしながら読んだが、実際内容そのものも素晴らしかったといえる。

以前僕が読んだプラシーボに関する本はどちらかというと導入向けで、こちらのほうがより内容が濃いという印象が強い。内容は多岐にわたっており、これからプラシーボ研究を使用とする人には全容のおおまかを把握できる気分になれる本でもあるといえる。

この本で強調されていた点で、個人的に印象深かったのは「意味を見いだすことの大切さ」、言い換えるならば「自分に物語を生み出すことの大切さ」である。

筆者はカール・ユングの「意味があれば多くのことに耐えられるーーひょっとするとあらゆることに」という言葉をだし、還元主義的(物質の関係ですべてが説明できるとする考え))な近代科学に疑問を呈する。
しかし安易にスピリチュアリティ一辺倒になることもなく、ちゃんと物質的な作用や西洋医学の効果にも触れていてバランスがとれているように感じる。

また、カヴァーしているところが多いので僕が今まで持っていた疑問の結構な部分にも答えてくれていたのがうれしかった。たとえば「どういう人物がプラシーボ反応を起こしやすいのか?」という問いには「素直である、ないしは受容的な人。ただこれは人の言いなりになることだけを意味するのでなく、自分自身に受容的であれるかも含む」「そして人とのつながりをもてる人。物語を共有できる人」と返す。
プラシーボ研究が心理学の知見からできるのか?という個人的な悩みにはいくつものプラシーボ研究の心理学者を引き合いに出して励ましてくれた。恥ずかしながら、なんとなくプラシーボ研究というのは医学や薬学の専売特許なのではないかと不安を抱きながらそれを調べたことがなかったのだ。

エクササイズの中で参考になったのは「自分の中で、自分の支配権はどれくらいあるか?」を考えるということだろう。ちょっと前に流行った「見える化」じゃないけど、概念化して対象化することができるだけで人はこんなにも変わることができるということを臨床の立場から示してくれている。

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genre : 本・雑誌

対話230 佐々木俊尚 『仕事するのにオフィスはいらない』

2009.10.18.13:32




個人的読みやすさ:A(後半はツールの紹介がほとんど)
読書時間:30分

「21世紀の歴史」の歴史を読んだときにもノマド(遊牧民のように場所に縛られず生活する人々の意)という概念には注目していたが、この本は現代のノマドがどのように生きているのか、そしてどのようにしてノマド生活を効率良く歩むことができるかについていくつかのツール(ノマドオブジェ)が紹介されている。

僕自身あまり会社に毎日通って~ということに元からあまり強い興味を抱いてはいなかったが、本書を読むことでその考えがさらに強化されたと思う。
また、僕は普段gmailを使っているのだけどいまいち活用しきれていないなと感じたり、やっぱオペラだけじゃなくて火狐も使ってみるべきかなとか、一回あきらめたevernoteをもう一回使いなおしてみようかなとか、iPhoneやっぱり買おうかなとか、そういうデジタルデバイスの探求に再び興味を示すようになった。

いずれ会社という形態がなくなるのではないか、と最初に僕に示唆してくれたのは藤沢烈さんであったが、あのときの邂逅から数ヶ月、非常に個人的なレベルではその波を感じていると思う。

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genre : 本・雑誌

一端停止

2009.10.16.15:29

最近また更新が止まっておりますが、
20日(火)まで更新が停止する可能性があるので一応告知させていてだきます。

み・み・みれみ・ど・れ・み・ふぁ・み・れ・み☆

対話229 吉田 敦彦 『日本神話の源流』

2009.10.12.15:23




個人的読みやすさ:C (文章が非常に読みやすく作られている。神話なのでカタカナ名多し)
読書時間:50分

日本神話と海外神話の比較をせよ的なレポートが今週水曜日に提出だったことをつい先程思い出し、僕の部屋には鮮烈なる雷鳴が木霊した。

というわけでそのレポートを片付けるために日本神話とはなんじゃらほい系の本を適当に図書館でピックアップして読んでみたわけだけど、いやいやなんというか、普通に面白い本で焦った。

僕自身神話の予備知識がそれほどないうえ、本書では各地の神話との類似点を探るためあっちゃこっちゃの文化・神話に話が飛ぶ。
そういうわけで必ずしもすらすらーっと読めるような類のものではないと思うのだけど、非常に分かり易く書くよう心がけられたからなのか、印象としてはとても読みやすい。

特に以下のところに着眼がいった。

①日本神話における食用植物の発生
日本神話において、植物というのはそもそも人間の身体から生まれたものであると描写されている。
本書前半のオオゲツヒメ神話に書かれたところがそれに該当するのだけど、個人的になんとなくこれが八百万信仰に繋がっているような気がしなくもない。

元々人間の一部だった、あるいはそもそも全部が人間だったと考えたからこそ、日本人は植物に対してもシンパシーを感じたりするのではないだろうか。まあこの考えは日本人がそのようなハッピーな感情を持っていると仮定しないと先に進まない類の極めて申し分ない極論だとは思うけど。

またそれと対比して、西洋の神話ではどうなっているのかということに興味を持つようになった。

②イザナミ神話などの「見てはならないものを見てしまう症候群」
イザナギ神話といえば日本神話の中でも有名なもののひとつだ。

ストーリーを簡単にいうと、奥さんが黄泉の国へ行ってしまい、そこから連れ戻そうとした旦那がいる。奥さんはすでに黄泉の国のものを食べてしまっているため帰れないはずなのだが、なんとかなるかもしれないからちょっと支度する時間が欲しいという。旦那はそれを待つのだけど、あるとき待ちきれずにその奥さんの着替え姿を見てしまう。そこにはもう一目と見れないような醜悪な姿をした妻の姿が……!的なもの。

世界各地の神話にはこれに類似しているものが結構あるそうだが、僕は西洋のアダムとイブと禁断の果実の話をこれを読んでいるときに思い出した(あれ、アダムとイブは別に神話ではないか?)。
見てはならないというと思わず見てしまう、まるで「押すなよ、絶対押すなよ!」といっているガチョウクラブの上島のような性質を人間はある程度持っていると思うけど、こと神話においてもそれは例外ではないようだ。神話って結構人間味のある人々が登場するなあということを実感。

それにしてもイザナギは一体イザナミにどれほど待たされたというのだろう?
なんだか上の話を聞いていると単なる教訓話というかお笑い話にも聞こえてしまうのだけど、これが悠久の時を指していたのだとしたら僕はイザナギのことを馬鹿に出来ない。
神話の人たちの死亡条件については定かではないが、もし彼らに過労死があった場合、イザヨイイザナミの狙いはイザナギを恒久に待たせることによって衰弱させるないしは黄泉の国の食べ物を食べさせることにあったのかもしれない。最後正体を見てしまったイザナギを追いかけてしまったのも、見てしまった罰を下すというよりは強硬手段に出たという感じか。

はたまた、十六夜(いざよい)の名の通り16日程度を指していたのか?16日なら待てなくもないかもしれないが、でも他にやることのない環境であればやっぱり見てしまう気もする。

※イザナギの名前とイザナミの名前を激しく間違えていたので修正。イザヨイ関係ない。

③神話のカオスっぷり
神話は読めば読むほど「この人たち頭おかしいんじゃないの」感がぬぐえなくなってくる。
なんとなく僕の持っている基督教的な西洋神話とかって整然としているイメージがあったのだけど、もっと昔からあるようなものはそんなのお構いなし。どんどん好き放題しますやりますためしますという感じでカオスもいいところになっていたりする。

本書の後半らへんではエウメネスが大好きな人ならきっと興奮するであろうスキタイ人の話もちょろっと出てくるし、儀式の名の下に娘を男たち全員で姦した後に殺害、その肉を食らうみたいな胸糞悲しくなる話も出てきたりする。古代神話や儀式、文化というのは今よりも情報がうごめきまくっていて、ゆれまくっているような気がするのは現代文化に浸かりすぎているからそう感じてしまうのだろうか。

theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

対話228 梶村 尚史 『起床術──どうしても「スッキリ起きられない」あなたへ』

2009.10.12.13:57




個人的読みやすさ:A (概説を読みたければもってこい)
読書時間:20分

最近朝起きれないことが多い(ふとんでもぞもぞ停滞していることが多い)ので手に取ってみた本。

本書では快適に目覚めることが出来ない原因をパターン分けしており、一口に目覚めることが出来ないといっても色々あるのだろうなということがわかる。
また、睡眠は意外と遺伝の要素があるということがわかったのが僕にとって新鮮だった。
睡眠は生活習慣、あるいは幼少期の体験が基づいているのだと思っていたが、ネットで軽く調べてみたところセロトニンの分泌やら体温の高低で結構決定されるところが大きいらしい。

基本的なターゲットとしては睡眠についてあまりよくわからない人向けという感じで、本書の中では睡眠と遺伝における関係性など突っ込んだところは解説されていないので注意。また、起床術と銘打っておりながらも、そこで取られている対処は基本を忠実に守るということが基本であった。基本的な生活を守ることの大事さを実感させられる。

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