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対話271 大前 研一 『大前研一通信特別保存版PartIII パスファインダー』

2009.12.21.16:44




個人的読みやすさ:B (名言集なのですらすらーという感じではない)
読書時間:20分


既存の知識では通用しない時代がすでにやってきている。新しい世代、デジタル情報革命、ボーダーレス経済、世界はどんどん進化している。そういった状況で求められる姿勢は、僕流の言葉で表現するなら、リセット。いつでもパッと消して切り換えられることが大事。とらわれていると物事の本質を見失うからね。(p.45)


レビュープラス参加の案件。大前研一という名前を見ただけでなんにもやっていないくせに一時期ビジネスを気取っていた僕としてはこれはチェックせねばなるまいと思い本書をチェックしてみた。

読んでみて全体の印象としては「丁寧につくってあるな」ということと、大前さんが一人で名言集を出せるくらいに今まで喋ってきたのかということ。

丁寧というのはCDもついているという意味で、
大前さんの話を聞いたことがない人(僕も含む)は値段的にも結構おいしい。
僕の場合はありがたいことにただでいただいたので得した感がさらに強かった。
まだCDは未開封なので近いうちに聞いてみたい次第。

内容についてだが、とにかく”リセットボタン”を肯定していること、これが一番の驚きである。
驚きすぎで思わず太字にしてしまったくらいだが、テレビでもなんでも、リセットボタンを安易に押す癖というのは周囲にとがめられるわけだ。
何故そうすぐに投げ出してしまうのか、ゲームの影響がどうたらこうたら。
そういった議論にまったく価値がないとまでは思わないし、確かにすぐに投げ出してしまうことで総合的によくない結果になるということも少なくないとは思う。そういう経験をしたこともある。

ただ、リセットボタン禁止論は常に正しいわけでは勿論ないのだ。
それを60歳を超える高齢の大前さんが指摘しているということにもはや感動を覚えるといってもよい。
彼に対して一般的な年齢で測るのもよくないだろうけど、でもリセットが正しくないと言われすぎていてリセットすべきときにもリセットできなくなった、リセットという選択肢を封じてしまった人という人も必ずいるはずなのだ。
大前さんのゲーム世代肯定論は、自分がその世代に属しているということもあって非常に強く励まされる。

ビジネス書の、それも本書のような名言集の何が素晴らしいかといえば、それは一瞬だけ活気を、力を与えてくれることである。
それに対しては「どうせ読んでも次の日には~」とかいう突っ込みがあるのだけど、でも一瞬だけ活気を持つことができればなんらかの突発的なアクションを起こす程度の力を出すことは出来る。
大事なのは普段力があったら何をしたいかをよく考えてイメージしておくこと、そしてそのときが来たらその活気がいつまでも続くものと勘違いせず、感じたその場で発動させること。
瞬間的な力が継続することはほとんどの場合稀だ。稀な時間に起きる瞬間的な力が起きた瞬間、それを捉える回数が全体の継続的な力に繋がっていくのだろうなと思う。

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theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

対話270 池谷裕二 『単純な脳、複雑な「私」』

2009.12.21.16:19




個人的読みやすさ:A (これは僕がこの分野にある程度親しみがあるからかもしれないけど、それにしても凄い)
読書時間:1時間


 僕は、こうした他者から自己へという観察の投影先の転換があって、はじめて自分に「心」があることに自分で気付くようになったのではないかと想像している。(p180)


 思えば池谷裕二氏の本を読んだからこそ僕は脳に興味を持ち始めたといっても過言ではないくらいなのだけど、その彼の本の中でも珠玉の出来だと思う。読んでいる間ずっと興奮が抑えられず、読み終わるのが本当にもったいなかった。このブログは基本的に僕のための読書日記という体裁なんだけど、まだこの本を読んだことがない人はぜひ読んでみてほしい、と薦めてしまってもバチは当たらないと思う。

話は結構多岐にわたるのだけど、特に創発というプロセス(ランダムのはずなのにあるとき突然特徴的な動きを見せる)だったり、サブリミナル効果の話だったり、感情と身体反応の関連性などが特に印象に残っている。サブリミナル効果は何故かネットだともう完全な疑似科学みたいに扱われているのだけど、その他の人の最近の著作でも論文でもとりあえずあることは(程度はともかくとして)それなりに真実性の高いこととして扱われているのに何故なのだろう?やはりマイナスのバイアスのほうがはるかに強く、そして長期間にわたって働くのだろうか。

あと、池谷氏も脳のコントロールが出来ると書いてあってなんとなく嬉しい気持ちに。
もっとも僕の場合アルファ波とかベータ波がどんななのか、感じていたとしても識別はまだしていないので、それ相応のところで一回シンクロナイズさせておいてみたい。
今日もちょこちょこあったけど、脳内麻薬の出しかたをうまいことリミッターの使い方を理解したうえで学習すれば色々と応用が利きそうだ。もっともこれはちょっと危険かもしれない。

theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

対話269 ガー・レイノルズ 『プレゼンテーション Zen』

2009.12.21.16:00




個人的読みやすさ:B
読書時間:1時間(使われている写真やフォーマットにこの本の価値がある)


では、なぜ多くのプレゼンターが持ち時間を超過したり、すでに論旨を説明し終わったのに、持ち時間いっぱいまでプレゼンテーションを引き伸ばしたりしようとするのか?それはおそらく我々が受けてきた教育のせいだろう。(p225)


また久しぶりの更新。
大学の冬学期は今までほとんどとったことがなかったのに
急激に英語開講の授業ばっかり取ってしまったもんだからてんやわんやだ。

取っている単位数は少ないのに、英語開講は宿題の量が多いという傾向も相俟ってちょっと大変な雰囲気。
勿論この程度でめげているようでは留学なんて(笑)もいいところなのでさっさと良いペースを作り出したいと思う。
※そういえば留学決まりました。

さて、その英語開講の授業のうちの一つがプレゼンテーションの授業であり、
以前からプレゼンに関する最新に近い本を読みたいなと本書に目をつけていたところ、
なんとその授業での副読本の指定が本書に。
大学らしからぬ素早さに焦りつつも後日速攻読破。
とりあえず読んでみて今までのプレゼンについて反省させられることも多かった。

相手にどう伝えるか、どうスティック(くっつける)かというのは今までそこまで深く考えてこなかっただけに、
その重要性を最近ものすごく感じている。
また、そういう分野は(ある程度科学が介入するにせよ)人の感情などが関わっている以上”魔法”を使った分野であり、
立派な魔術師になることを画策しているミスター中ニ病患者の僕としては鍛えねばなりますまい。
そんなよくわからない感じでブログも最近書いてなかったから書き方もよくわかんない感じで、
はい、とりあえずプレゼンの授業を頑張りたいと思います。
ちなみに次回は今日の僕のプレゼンを自分で見たりするそうです。いたたまれない。

theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

対話268 市川 伸一 『考えることの科学―推論の認知心理学への招待』

2009.12.09.14:53




<お気に入り>
個人的読みやすさ:B
読書時間:1時間


 三囚人問題は数学的な回答を聞いて、それが論理的に正しいことは理解できても、直観的には納得しがたいという意味で、相当の難問の部類に属する。それは、事後確率の変化のしかたについて、人間のもつ根強い新年のためだろうと考えられる。このような場合に、「人間の判断なんて、あてにならないものさ」と、数学的な解に従うのも一つの行きかたではある。しかし、「なぜ、私たちの直感は数学的な解と一致しないのか」と、直感のメカニズムのほうを調べてみたくなるのが、心理屋の方向である。(p.107)


 この手の本に関しては異常に読みやすく、しかも面白いという稀有な本。

 この本を読むことで暴き出されるのは、私たちの直感が確率的に考えた場合といかに乖離している場合が多いかという事実である。
現実問題として、確率が2分の1であったなら表のあとに裏がすぐ来るということは正しくない。こんなの文字にしてしまえば当たり前のことでしかないのだけど、僕も含めて現実では表が3回出たら次は裏なのではないかと疑ってしまう。実際はそんなことは保障されてはいないのに。

 確率以外もこの本では扱われる。たとえばヘンペルの烏。あるいは演繹と帰納を使って考えるときに私達が無意識で使ってしまっているスキーマ。人間が問題を解くときは多分にヒューリスティック(非コンピュータ的)なものであり、それは多くの場合は正しいのだけど、少なくともいくつかの場合では間違いを孕んでしまうのだ。
 間違えることは仕方がないとして、私たちは一体どのようなときに誤りを犯してしまうのか、その傾向を知ることはけっしてマイナスにはならないのだと僕は思う

theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

対話267 橋爪 大三郎 『はじめての構造主義』

2009.12.09.14:27




<お気に入り>
個人的読みやすさ:C
読書時間:1時間半

 神話学といっても、しょせんは「未開」人の神話を分析するだけさ。われわれになんの関係があるかね――こう、高をくくってすませるわけにいかないのが、レヴィ=ストロースの仕事だ。それは、これまでの知的伝統をひっくりかえす、破壊行為である。(p.122)


 構造主義という単語を聞く機会は今まで豊富にあった。
これを土台とした議論を目にすることは大学受験、いや高校受験の頃からすでにあったように思うし、僕に限らず多くの人は構造主義的思想に触れる機会があるように思う。

 にもかかわらず、僕は構造主義というものがなんなのかよくわかっていなかった。
というかもう構造主義を考えようにも脱構造主義という名の新しい概念がどうやらやってきているらしいし、そもそもどこから手をつけてよいのか?
 上記のように様々な言い訳をクリエイトしながら、僕は構築主義と接することを避けてきたわけだ。

 しかしこの冬になって、そうも言ってられない状態に追い込まれてきた。
今回の授業(うちの学校は3学期制なので、冬学期が12月から始まるのだ)の中で脱構築主義を扱うものを取ることになることになり、脱構築主義を理解するためにそもそもの前提である構築主義を理解せざるを得なくなったわけである。いや、多分これは僕にとって、そして教養学部に属する人間にとって必要なことなのだろう。僕はレヴィストロースすらまともに知らなかったのだから。


 前置きが長くなったが、そんなこんなで読んでみた本。というか、構築主義についてそろそろ触れないとまずいなあと思っていたところに後輩が丁度よく本書を持っていたため貸していただいたわけだが、なるほど、これは良い本であると思う。その後輩もお目が高い。

 僕にとって今一理解が不十分なところもあったけれども、構築主義がそもそもどのように発生していったのか、そしてそれが他の分野にどのように影響を及ぼしていったかについて全体像をつかませてくれるのが素晴らしい。
 僕はまったく予期していなかったが、構造主義はもともと神話学をベースにして発生したようだ。それまではコンテンツばかりに学問は目を向けていたわけだが、構造主義が主に対象としたのはコンテンツでなく、まさにその構造である。「その神話はどのような要素で成り立っているか?」を中心に見ることによって、我々人類は(というと大げさだが)以前にもましてより比較的な視点を手に入れた。つまり、内容によって何かを絶対的に見るのではなく、構造にばらすことによって類似性を発見し、比較文化的な視点を手に入れたのである。逆にいえば、何かを絶対視する視線が徐々に失われていったわけだが。

 さて、まだまだ僕には構造主義のなんたるかがつかめたということは難しいし、いわんや脱構造主義をや。
だけども自分の思想の背景にこのような歴史があるということを知る、というのはなんだかとってもエキサイティングなことなのだと思う。

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