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他人に与えて自分は捨てろ

2009.01.29.00:02

「他人に与えて自分は捨てろ」。
これが最近の僕が抱えているテーマの1つである。

①他人に与えるということに関して
ここのところ僕はイメストボックスを始めてみたり、サークル活動にもかかわり始めみたりと僕としては積極的に周りに働きがけるようにしているのだけど、そのわずかな経験を通じて感じたことは、とにかく与える立場になれば自分も変わるということである。
なんだか自己啓発書じみしていることを書いているなと自分でも思うのだが、本当にそうなのだから仕方がない。
それだけ与える立場と受け取る立場というものの開きはあるのだと思う。
与える立場というと日本語では多少傲慢な響きを持っているようにも思うので、ここは英語でギヴァーと言ったほうがいいのかもしれない。

ともかく、たとえば勝間さんはgive5乗の法則、須藤元気さんはgive&give&という表現を使って、それぞれの著書で与えることの必要性を訴えていたように思うが、まさにその通りであると実感している。
まず与える立場になると、

A.自分自身にとっての再考の(最高の)勉強になる。OUTPUTはいつでも最高の勉強スタイルである。
B.人との繋がりが出来る。このことでその人から何かを受け取ることが出来るようになるかもしれない。それが物体的なものか知識的なものか、あるいは精神的なものかについてはわからないが、なんにせよ縁をつくるきっかけになる。
C.与えたい!と思うとその分だけ勉強意欲が増してくる。与えるという願望を持つだけで人は勉強熱心になるのである。また、おそらく現代の受験システムで欠けている点もこの点だろう。このことで自分自身の強化&知識の循環が促進される。

という恩恵を授かるようになる。これだけでも他人に何かを与えることの大事さがわかってくると思う。

②自分は捨てるということに関して
他人に与えて自分は捨てるんだったら何にもなくなっちゃうんじゃないの?と思われるかもしれないが、僕が言いたいのは人間にはシンプルさが必要であるということである。
リーダーシップの旅 見えないものを見る 」風にいうのであれば「ある扉を開くためにはある扉を閉じなくてはならない」ということであり、日常の掃除的に考えれば「部屋はきれいにしておかないと勉強がはかどらない」ということである。
物にしろ、思考にしろ、どうしても論理ベースで考えたときに多すぎる分量は自己破綻を起こしてしまう。
そして人間は悲しいことに論理ベースで動いている面も多々あるので、ある程度自分の中のものを絞ったほうが多くの場面では良いということが言えるのではないかと思うのである。

theme : 雑記
genre : 日記

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