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プラシボティック・ジョーカーズ

2009.04.04.07:42

昨日ニセ科学に関する記事とかをザッピングしていて思ったのだが、現代科学に対してプラシーボ効果というのはまさにジョーカーのような存在なのではないか。そいつを持ち出されたら、何もかもがおじゃんになる。

現代科学が積み重ねた論拠とかも、なんだかんだで気合みたいなので覆されている(ように見える)ことがちらほらあるように僕には思える。たとえば不食している人の存在とかは現代科学的には微妙な存在だ。一応今のところ腸内バクテリアがあーだこーだして大丈夫ということになっているという記事を見たような記憶が僕の中にもほんのりあるのである程度の説明は着くのかもしれないが、そこに至るまで(そんな腸内バクテリアが出来てしまうまで)の過程は、おそらく科学で判明されているものだけを信じていては発生し得ないし、そこに必要なのは何かを信じるという力、つまり現代科学で定義されるところのプラシーボ効果の力だ。

これは本当に厄介な存在で、数式化することが難しい。そしてそれは科学者にとってもそうだけども、僕のような一介の大学生にも同じことが言える。僕は現代人として科学を基盤に生活していたいし、実際マイナスイオンとかに踊らされるやつってあほじゃね?とか思っていたりもした。しかしマイナスイオンを信じることで実際に効果を感じることが出来ているのならば、マイナスイオンというのはその触媒として充分効果を果たしているようにも思える。勿論それは期限付きの効果というか、信じる力がなくなってしまえば効果を発揮しなくなってしまうわけだけど、もしそれが当人の中で完全なまでに力があると認定された場合、もはやその信じる心を壊すのは難しくなる。プラシーボ効果が硬化するというか(ダシャレだよ)、結晶化するということもあるわけだ。

今のところ僕がよくわからないものに対して取るべき措置は、自分にとって最大限に有利になるように活用するということである。その手法としてプラシーボ効果というものをメタ的に認知してしまうのは効果の半減に繋がるのではないかという気もするが、自衛手段として考えればこれはしょうがない気がする。そこら辺のところを誤魔化し誤魔化しで、社会的・現代科学的に認められた論理の上に、自分の中の論理を独自に積み重ねていきたいと思う。そしてそれは多分、ある程度のところまで研究が進むまでは、必要最低以上の他人を巻き込んではいけない論理なのだろう。ここら辺、春にフォトリーディングに関する研究会とかを本格的に始動させようと思っている僕には悩みの種でもある。

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