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学校という場をいかに活用するか

2009.04.10.20:54

弾さんのブログにやる気に関するエントリーがあったので、着想したことをざーっと書いてみる。

404 Blog Not Found
やる気出すより手足出せ

このエントリー内で弾さんが指摘しているのは(僕が知ってる限りの)脳科学的にも正しくて、コメント欄で突っ込んでいる人がいるけど、やる気をつかさどる即座核にはそのような性質があるらしい。
最近書評ブログで紹介されていた本の中に、「人がやる気が出るか出ないかというのは最初の4分間の行動が大事で、それを逃したら一日やる気が出ないよファッキン」みたいなことが書かれていたが、これもやる気を出すためには(特に初期段階における)行動が重要すぎるということがわかるだろう。

で、僕はそれに関連して学校の存在意義というのも考えてみた。
最近、特にアメリカとかイギリスの大学でウェブ上に講義を垂れ流すという行為が流行っている。
iTunesにつなげばiTunes Uという大学の講義が無料で落とせるところがあるし、Academic Earthという無料で大学の講義が視聴できる素晴らしいサイトがある。自分で勉学をする上では非常に有効だと思うし、僕も積極的に活用していきたいと思う。

しかしこういうサイトがどんどん出てきてコンテンツがますます優秀になっていったとしても、大学を始めとした教育機関が廃れることはまったくないだろう。
それは大学では双方向性のある教育が可能であること(他の大学はわからないが、ICUはこの点を非常に意識している)、学友たちの交友といったことの他に、教育機関が「勉強という行動をする機会をあたえているから」というのも理由として大きいのではないだろうか。

僕のことを例にして考えてみたい。
僕はこの春休みの間、メモを取る回数が極端に減っていた。これは僕の知的生産活動が低下していることを意味する。以前はアホみたいにメモを大学の外の日常でも取り続けていたというのに、である。そしてなぜかといわれれば、そういうことに関するやる気がまったくなくなってしまったからなのだ。

これには大学に行って、授業を強制的に受けさせられるということが大きく関与しているように思う。
ICUは結構知られているように、勉強を強制的にやらせることが好きな大学である。学部は1つしかないので、これは大学全体としての特性といってしまって差し支えない。このような状況下では、常に「とりあえずやらなきゃ」という事態になる。これが、僕のメモを取る回数、すなわち着想をする回数を日常生活全体で増やしていたと僕は考える。つまり、大学に勉強を強制的に受けさせるという場を提供されることにより行動をせざるを得なくなり、それゆえ日常生活全体で活気のある活動がおくれるようになったというわけである。

なんだかこう書いてみると当たり前のことをたらたら書き綴っただけのような気もしてきたが、僕の思考を整理するということが目的なので気にしてはならない。
ということで、日常にやる気を生み出したい大学生は、とりあえず授業をまじめにやってみる、その際にただ聞くのではなく、なんらかの目に見える行動(ノートを取る)などをするなどをすると、全体的な生産性アップに繋がるような気がするよ!勉強という行動を他のことにも転化させる(=やる気を引き出させる)っていうね!うん、まあそんな感じで。

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