スポンサーサイト

--.--.--.--:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ミームの中の人は想像以上に変態で素晴らしい

2009.04.14.14:28

先日、ミームの死骸を待ちながらの管理人さんとお食事をしてきた。その後、ミームの中の人から関連記事を書いてもらったところ、一日40人くらいくればいいところだったこのサイトへの訪問者が一日に200人を突破した。多分200という数は部ログ全体から見ればそれほどたいしたことのない数だとは思うが、普段数十人単位ということでやっているブログの管理人である。そりゃあもうドキドキせざるにはいられないわけである。僕をこのような心理状況にさせたミームの方には猛省を促したい(冗談ですよ)。

さて、リンク先に飛んでいただけるとわかると思うが、その記事では僕が恥ずかしくなるくらいに褒められている。奇妙なトレーニングをしていてそれなりに効果を実感出来ているのは確かだが、最近思いっきりさぼり気味な身としては思わず反省せずにはいられない。やべージャンプ感想とか読んでる場合じゃなかった。しかも実はこの後またフォトリーディングを日常的にやっているという人と会って朝まで語り合っていたのだけど(ちなみにそのあとはマツボックリを投げ続けていました)、そこでも僕は調子に乗って脳の反応がわかるんだー!とかなんとかほざいて会話が盛り上がったような気がするので、いよいよもって後がない。いや、別に脳の反応がわかるのは真実なのでいいんだけど、とにかくもう少しやらなきゃなという気持ちにさせられる。もちろんこれはいい意味であり、僕にとっての良い出会いなのだと思う。とりあえず継続性についての本を読了したので、それにのっとって自分の生活をもう一度見直すことから始めたい。

実際にミームの人と会ってみた感想としては、褒めあい合戦みたいになって気持ち悪いかもしれないが、頭が良いなという印象。頭が良いといっても、何をその定義として持っているかというのは人によって変わるし、また僕自身が思っている頭のよさにも複数あるが、彼に抱いた頭の良さはその態度だ。人は現時点の自分にとって理解を超えたものに対しての態度によって、その後の人生が大きく変わると僕は思っているのだけど、その意味で彼の態度は非常に素晴らしいと思う。態度というよりattitudeのほうがニュアンス的には近いのかな?僕にはよくわからない。

あと、彼の出会いを通じて、改めて「外れる」ことを認めることの大事さを感じた。彼風にいえば”異端”か。自分が異端者であるという自覚、というのはともすれば「ぷ、なんだよこいつ選民思想かよー」とかそういう突っ込みを受けるわけで、僕は昔からそういう突っ込みを受けるのが怖かった。なのであんまりそういう風に自分を認識しないようにしてきたし、今でもそれが部分的には正しいと思う。

しかし自分を一回異端者だと認識してみるということは、デメリットだけではなくメリットももたらすのだなと今回で気づいた。っていうよりはどっちかというと、自分の一番語り合いテーマが世間にひかれるものであっても、やっぱりそれを前に出して自分を語ったほうが楽しいといったほうが良いのかもしれない。単純に。

僕は普段自分のこういう潜在能力がどうとかについてあまり語ることがなくて(当たり前か?)、最近はちょくちょくサークルの活動とかを通していってみるようにはしたけど、まだまだ全然自分を出していなかった。そこで、ミームの人との日曜日の邂逅である。普段あまりいえないことを驚くべき鷹揚さで聞いてくれたミームの人の前で僕は喋りまくった。その後は、フォトリーディングの使用者の人たちの前で僕の普段考えていることを、その勢いに乗りながらさらけ出しまくった。そしたら、すごい楽しかった。うん、やっぱり僕は異端で変態で、それでいて気持ち悪いのだろう。

ファッション的にそれらの言葉を使うのは簡単だしかっこいい気がするし楽なんだけど、それを自覚して前に出すということは、然るべきデメリットを受ける。そういうものをちゃんと認識して、それでいてそこに立ってみるというのが僕には合っているのかもしれない。自分語り、乙。

なんにせよ、ミームの人にしてもフォトリの人にしても、自分が一番言いたいことを聞いてくれる、語り合える仲間というのは大切にしたいものだ。そういう彼らと語り合う瞬間ほどたまらないものはない。

comment

Secret

2009.04.14.18:36

おおー、なんかすごいことになってますねー。
そして、向こうの記事を読んで、トマトさんすごいと改めて思ったり。

異端かどうかは、立場によってメリットとデメリットがあると思います。
純粋な学者としては結構やばいと思いますが、目立つことで儲かる仕事なら、アピールポイントになるんですよね。
ここは状況的に変化をつけるか、状況が変わらないようにするか…。
ちなみに、なんらかの原因と結果があって、それを考慮してるなら、異端者はむしろ面白いと思います。
ようするに、それだけ仮説を作れるって事で。

言葉に出すと背水の陣になっちゃうんですよねー。
だから、プレシャーとなってなんとかやれる。
でも、成果よりかは過程を楽しむタイプだから、これやると実行できないんだなぁと最近実感しました。(滝汗)
アウトプットによるフィードバックよりも、アウトプットは自然としたくなるけど、それを抑えてまずは行動のほうがいいかも知れません。
あと、計画とか立てて(特に言語化すると)1つの物語になっちゃうというか、自分じゃない他人(自分だけど)の物語として出来上がっちゃって、さらに繰り返すのが苦手ということで、アウトプットが一番で、行動が二番煎じになってるのかなぁなんて思ったり。
なんかややこしいですが…。

2009.04.14.18:59

あるいは約束守る意識が低いからかも。
ウェンガーの理論や肥田式は今後やらないし、フォトリーやマインドマップなんて今後活用しないと言ったほうがいいかも。
すると、逆にやりたくなる…。(なにこのツンデレみたいな対応…ひねくれてるだけか)
あ、潜在意識では否定も肯定でしたっけ。
んー、この理論だと、斎藤一人さんの話で言えば、ついてるじゃなく、ついてない言ったほうがいいかも。
ついてない→本当に?となって、そういえばついてるかも?みたく。(笑)
あるいはついてるで洗脳するぐらいがいいのかも知れませんが。

2009.04.14.23:25

今日学校のゼミでも教授と話し合ったのですが、どうしても科学者だと釣り上げた魚にしか興味がいかないという話をしました。釣っていない魚(特に、釣堀の外にいるような魚)に関心が向かないのは問題だろー、というような感じの話です。そういう意味でも科学者になるのはなかなか敷居が高そうです。能力的な敷居も聳え立っていますが。

異端であることのデメリットを認めたくない僕がいたのですが、最近しぶしぶそれを認めなければならないということを思い始めました。今のうちに気付けてよかったです。

ヴァンさんの提示したツンレデメソッドは有効そうな気がしますね。明日があると思うから人はやらないわけで、明日から永遠にやらんよというとその永続性を壊したくなるのが人間かもしれないです。僕も行き詰ったらそれを試してみたいです。

余談ですが、明日やろう!という意見は明日になったときその明日にやろう!という風に解釈できてしまって永遠にやらないですよね。具体性を持たせるのが重要なのでしょう。」
twitter
プロフィール

×÷

Author:×÷
はらわたに秩序。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。