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対話150 湯浅 泰雄, 安藤 治, 高橋 豊, 田中 公明『ユング心理学と現代の危機』

2009.06.19.21:46




読書時間:40分

最近僕がユングにはまりつつある。

おそらくその背景には、現代の中のある特定の思想(僕が好むもの)がかなりユングの影響を受けているからというのが大きいのだろう。
僕が今までの人生で非常に影響を受けた人の一人に「頭脳の果て」を書いたウィン・ウェンガーがいるが、彼の能力開発のベースは間違いなくユングにあると思うし、事実僕はユングについて書かれた書物を読んでいても特にとんでもとは感じず、すんなり受け入れることが出来てしまっている。
僕がユングについて書かれた書物を読み始めたのはつい最近のことながら、僕は間接的にユング的思想にどうもはまっていたらしいということがわかった。

さて、それはともかく本書である。
ユングの人生について書かれた本は他にも読んだが、そちらでは描かれていなかったユングの人生に関することや無意識との葛藤が、明確に書かれていたりする。
僕にとってはある種知的興奮剤のようになっているといっても過言ではない。

ユングがそもそも無意識に興味をもった経験が、彼が他のものが体験しなかった内的経験を得ているというのはまことに面白いものがある。
故に彼は「個性化」を重要視し、フロイトの提唱したような「エディプス・コンプレックス」のような普遍的分析を嫌った。
彼は身をもって人それぞれが違う体験に根ざしており、それによって現れる現象やイメージは変わるということがわかっていたのである。

この態度はしかし、今日の自然科学と相容れないところがあって、そこ等辺がユング心理学に傾倒するのを妨げてくれる。
そもそも、人それぞれが違うのならばそれは科学となりうるのか?

この問いは難しいものであろう。
今のところ、ある程度の「傾向」が存在するにとどめるものが無意識について書かれた本には多いように思うし、それが正しいようにも思える。
傾向や便宜上のタイプ分けをすることで自分の特性を枠に嵌めるのではなく、そこを基点としてより「個性化」した自分の特性と向き合うきっかけを見つけていくのが今のところベターな態度なのだろう。

この本で特に面白かった箇所としては、クラウス・コンラートという人の提唱している「アポフェニー期」にユングは相当しているとする説である。
引用すると

 分裂病が始まり、悪化して一応の回復を見るまでの家庭を「シューヴ」と呼ぶ。コンラートはこのシューヴの中に規則的な段階があるとして①トレマ期、②アポフェニー期、③アポカリプス期、④固定化期、⑤残遺期の五つの段階に分けた。
 ユングはこの最初から二番目の段階に当たるという診断である。①のトレマ期は漠然とした不安や緊張状態から申そう気分に至るまでの時期を指すが、②のアポフェニー期はすべての物事が自分と関連付けられて、世界がすべて自分に向かい、祖sの力によって支配されるか、逆に自分が世界の中心にいて世界を動かしている、という奇妙な二種類の体験様式が現れてくる。


これを読むと、結構偉人と呼ばれる人や怪しげなものにはまる人にはこの手のタイプが多いなあということをまず思うが、同時にこういう性質は場合によってはプラスにもなりうるということも思わされる。

精神病、と括ってしまうとどうしてもマイナスのものにしか見えないが、ある特定形態の精神病に関しては、もはや「病」というマイナスイメージをあたえる存在としてだけでなく、当事者あるいは周囲にプラスの存在としてもたらされているのではないだろうか。

いずれにせよ、ユングの開拓した分野が21世紀以降にあたえる影響は今後どんどん拡大していく予感がする。
もしかしたら僕の脳内だけでかもしれないが。

theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

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