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対話157 ロバート オーンスタイン『右脳は天才?それとも野獣?』

2009.06.22.12:29




読書時間:40分

本書でも紹介されているが、紀元前の西洋人の哲学者には大変素晴らしい洞察力を持っている人が多いなと実感する。
その一人がディオクレスなのだが、彼は紀元前4世紀頃すでに左脳と右脳の役割における違いを指摘していた。

「頭のなかには脳が二つある。ひとつは理解力を与え、もうひとつは感覚認識を行う、。つまり右側にあるほうで知覚し、左側で理解している」 (p. 52)


実際の問題として、左右の脳機能に関する分担はそう簡単に定義づけられるものではないが、しかしこの時代においてこのような素晴らしい洞察力を持っている人がいたことは驚きに値することだと思う。
その後、キリスト教が蔓延(笑)したことにより、このような考えは抹消されていくのだが、こういうのを見ると宗教のもたらすメリットデメリットについて、改めて考えたくなる。
いや、別にディオクレスの意見が歴史の中に消えていったのはキリスト教だけのせいではないだろうが。

閑話休題。

この本でもっとも頻繁に指摘されているのが左脳偏重あるいは右脳偏重の世の中の動きである。
中にはそれを批判するためいらないことを言ってしまっていると感じざるを得ない箇所もいくつかあったが、基本的には僕もその指摘に賛成で、一般的には右脳左脳と簡単に分けられるものではない。
尤も、自分を右脳人間だとか左脳人間だとか思い込むことが悪いのではなく、それはある意味思想という方法論において有益なものをもたらす可能性もあるので一概にダメということは出来ないが。

左脳偏重のカウンターとしての右脳偏重文化がここ数十年くらい目覚しかったし、現在でもある程度続いてしまっているように見えるが、しかしこれからは全脳的な思考(神田昌典氏ではないが)、さらにいえばそこに身体を加えた思考にいくのが僕としては望ましいと感じるし、おそらくそうなっていくのだろうなと思う。
その中で、自分がなんらかの業績(研究でも実践でも)貢献出切れば良いと願う。

ちなみに、左脳偏重や右脳偏重が動きとしてはデメリットが大きいということは僕も思うが、かといって左脳と右脳の働きがあまり変わらないという意味ではまったくないので、この点は僕も注意したい。
たとえば本書で挙げられている特筆すべき違いに「テキスト」と「コンテキスト」がある。
左脳は主に「テキスト」を処理し、右脳は「コンテキスト」を処理するという。

これによって、ジョークだとか言葉の複数の意味を処理するのは主に右脳ということが一般的に言うことが出来るらしい。その意味で、ネウロを書いた松井先生などは右脳的とその面では言えるのかもしれない(言葉遊びが多いので)。

theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

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