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対話260 ロジャー・N. ウォルシュ 『「シャーマニズムの精神人類学」―癒しと超越のテクノロジー』

2009.11.20.13:06



<殿堂入り>
個人的読みやすさ:B
読書時間:2時間


スタニスラフ・グロフは「死んで生まれ変わるという強烈な体験の連続は、かつてあらゆる心理療法に抵抗してきたようなさまざまな情動的、心身症的、対人的問題を劇的に緩和することができる」(69)と述べている。(p.95)


これまた素晴らしい一冊。新しい境地を僕に少し見せてくれた本だ。

 プラセボ効果など、人が信じる力のことを考えたりするとどうしてもシャーマニズムなどに行き着いてしまうと最近感じている。
 たとえば僕が高校生の時はシャーマニズムだとか呪術なんて気が触れているとしか思わなかった気がするけど、最近の僕には全然おかしいものでもなんでもないものと映ってしまう。2年もあれば体内の構成要素はほとんど変わってしまうという記事を以前読んだが、精神においても2年という歳月はすっかり変えてしまうのには充分なのだろう。尤も、肉体と同じくその変化は徐々に進行する病のようなものなので、2年前の自分とすっかり変わってしまうことになど日常でそこまで意識出来ることでもないけども。

 さて、この本の内容であるが、信じることで体を治すことが出来たり破壊したりすることが出来る、というプラセボ的観点以外にも、面白い記述はいくつもあってそれが僕的には栄養満点だったりした。
 引用にも入れたが、たとえば「死んで再生すること」の意義。
現代科学的に考えて、人の肉体は死んで生まれ変わったりしない。でも、精神上ならそれが全て許される。そして一度精神が死んだあとに訪れるのは再生だ。再生。圧倒的に死ねば圧倒的に蘇る。悲観的に死ねば悲観的に人生がリスタートする。シャーマンたちはこの摂理を体感的に知ることが出来ていて、僕はそれが少しうらやましいと思う。

 また、シャーマンはいかにトランスするか、の技術を良くわきまえている。ドラミング、儀式、社会的コンセンサス。非合理だと思っていた太古の世界はなんて合理的な世界だったのか!魔法が使えるための世界というのはある意味閉じた世界なのであって、それを外部から侵食されないために人は布教津堂を、手を変え品を変え行ってきたのかもしれない。社会的コンセンサスを破壊するということは、その魔法体系を破壊してしまうということと同義なのだから。

theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

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