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対話267 橋爪 大三郎 『はじめての構造主義』

2009.12.09.14:27




<お気に入り>
個人的読みやすさ:C
読書時間:1時間半

 神話学といっても、しょせんは「未開」人の神話を分析するだけさ。われわれになんの関係があるかね――こう、高をくくってすませるわけにいかないのが、レヴィ=ストロースの仕事だ。それは、これまでの知的伝統をひっくりかえす、破壊行為である。(p.122)


 構造主義という単語を聞く機会は今まで豊富にあった。
これを土台とした議論を目にすることは大学受験、いや高校受験の頃からすでにあったように思うし、僕に限らず多くの人は構造主義的思想に触れる機会があるように思う。

 にもかかわらず、僕は構造主義というものがなんなのかよくわかっていなかった。
というかもう構造主義を考えようにも脱構造主義という名の新しい概念がどうやらやってきているらしいし、そもそもどこから手をつけてよいのか?
 上記のように様々な言い訳をクリエイトしながら、僕は構築主義と接することを避けてきたわけだ。

 しかしこの冬になって、そうも言ってられない状態に追い込まれてきた。
今回の授業(うちの学校は3学期制なので、冬学期が12月から始まるのだ)の中で脱構築主義を扱うものを取ることになることになり、脱構築主義を理解するためにそもそもの前提である構築主義を理解せざるを得なくなったわけである。いや、多分これは僕にとって、そして教養学部に属する人間にとって必要なことなのだろう。僕はレヴィストロースすらまともに知らなかったのだから。


 前置きが長くなったが、そんなこんなで読んでみた本。というか、構築主義についてそろそろ触れないとまずいなあと思っていたところに後輩が丁度よく本書を持っていたため貸していただいたわけだが、なるほど、これは良い本であると思う。その後輩もお目が高い。

 僕にとって今一理解が不十分なところもあったけれども、構築主義がそもそもどのように発生していったのか、そしてそれが他の分野にどのように影響を及ぼしていったかについて全体像をつかませてくれるのが素晴らしい。
 僕はまったく予期していなかったが、構造主義はもともと神話学をベースにして発生したようだ。それまではコンテンツばかりに学問は目を向けていたわけだが、構造主義が主に対象としたのはコンテンツでなく、まさにその構造である。「その神話はどのような要素で成り立っているか?」を中心に見ることによって、我々人類は(というと大げさだが)以前にもましてより比較的な視点を手に入れた。つまり、内容によって何かを絶対的に見るのではなく、構造にばらすことによって類似性を発見し、比較文化的な視点を手に入れたのである。逆にいえば、何かを絶対視する視線が徐々に失われていったわけだが。

 さて、まだまだ僕には構造主義のなんたるかがつかめたということは難しいし、いわんや脱構造主義をや。
だけども自分の思想の背景にこのような歴史があるということを知る、というのはなんだかとってもエキサイティングなことなのだと思う。

theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

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