スポンサーサイト

--.--.--.--:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ここ最近のイメスト状況およびイメストにおけるアハ体験について

2010.01.24.12:32

 読書以外のことを書くのは結構久しぶりになってしまったが。

 昨日、イメストボックスと僕が勝手に読んでいるイメストオフ会に参加してきた。イメストってよくわからないという場合は言葉を喋るタイプの瞑想のようなもの、とおもってくれていればとりあえずは大丈夫。先週も2人でカラオケボックスに篭ってやったので、久しぶりに2週間連続でこのようなイベントをしたことになる。

 家でのイメスト状況は特に引っ越してから悲惨で、多分ほとんどやっていない。加えて、ここ最近は年末年始をはさんだり僕が新しい冬学期のペースをなかなかつかめていなかったりしたことで、イメストオフ会自体もそんなに開いてはいなかった。
 そんなわけで、今回こんな風にスパルタにやるのは自分にとってかなり久しぶりのことだったのだ。

 イメストというのはまさに脳内のジョギングである。毎日やっていれば負担はそれほどでもなくなっていくのだけど、ひとたびさぼってからやるとその疲れ具合は半端ない。イメストをする前は想像もつかなかったが、人間しゃべりながらでも充分寝ることが出来るのだ。昨日僕が喋っている最中に寝る回数は半端なく、自分が喋っているときでそれなのだから他の人が喋っているときなんかは前半ほとんど寝てしまっていたように思う。

 とはいえ後半になるとだいぶイメストをすることに頭が慣れ始め、しばらくするとまた再び(むしろ前以上に)イメージで遊んだり、そこから深い意味を見出したりすることが出来るようになった。やはりイメストは楽しいものなのだなあということを実感。

 イメストに関しては書きたいことも結構あるのだけど、ここ最近気付いたことで一つ重要なことを挙げろといわれたら僕は迷わずにこれを書く。
つまり「イメストで出てくるイメージの理解とは解釈するものではなく、体感的に感じ取るもの」ということである。

 僕は結構長い間、結構休んだりしながらもイメストを続けてきているのだけど、このイメストから意味を導き出すということが今一以前からわかっていなかった。
 出てくるイメージを必死に解釈しようとしてもなんだかこじつけのような気がしてしまうし、第一まったくアハ体験のようなものも訪れない。
 ウェンガーの書き込みを見ると最低1日1回はアハ体験がでるようになるようなことが書いてあったので、自分のやっているやり方になんらかの問題があるのではないかと思ったりしたことも最近まではよくあった。

 しかし多分その解釈をする、という前提が間違えていたのだと思う。解釈とは(使い古された誤解を招き易い表現であるが)左脳的な働きであり、つまりそれは理性を表している。理性の中にいるだけでは自分の枠外からでるのは難しいものだ。そうではなく、イメストにおいてのイメージ理解というのはむしろ体感的な、なんとなくそのイメージの中にいることで感じ取れるものであることが多いのではないだろうか?そう思ったとき、僕にとってのイメストの価値というのはまた数段上がったように思う。
 
 別に言語化がアハ体験を阻害するものであるとは思わない。僕にとって、イメージに浸っているときにアハ体験をするのと同じっくらい、イメスト終了後に自分の見たものを書き取っているときにそこに隠された意味に気付くということはあるものだ。しかしそれは頭の中で理屈や屁理屈、言葉遊びをしたときに生まれるものではなく、やはり直観的な動きなのである。

 
イメストというのはやっているとどうしても飽きがくる、というか頭に無理がくるものなのだけど、僕のようにオフ会を開いてみるとか、あるいはイメージの中でどんどん質問をしていって自分の好奇心を途絶えさせないようにするということで、積極的に関わっていくことが可能になっていくと思う。僕も変化をどんどんと取り入れていって、1ヶ月間毎日1時間イメストをしてみる、とかその辺のレベルにまで自分を持っていきたいと切に思う。まあ今までそう思って出来てこなかったことのほうが多いのだから、もうちょっと気軽な気持ちで望んだほうがいいのかもしれないけども。

comment

Secret

twitter
プロフィール

×÷

Author:×÷
はらわたに秩序。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。