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対話285 神永 正博 『学力低下は錯覚である』

2010.02.20.01:21




個人的読みやすさ:A
読書時間:45分


 昭和45年も平成17年も、男子の4人に1人は工学系に進学しているのである。(p.67)


僕らの世代といえばゆとり世代であり、世間ではアホの代名詞とまで目され、同級生の間でもそれを自虐的に言う人が結構いたりする。僕は基本的に無意味なほどポジティブに物事を考える傾向にあるのであんまり深刻視はしていなかったが、それでも実際僕らの受けた教育が今までとの教育とどのような差をもたらしているのか?という点には結構興味があったので、この本も読み始める前からかなりの興味を持っていた。

 結論から先にいうと、僕らの教育の内容が質に影響を与えたどうこういうよりも、そのときの社会的背景の影響のほうが大きいよね、ということが色々なデータを基に書いてある。たとえばそれは人口数と大学の受け入れ人数の関係だったり、理系離れと女性進学率の関係だったり、工学系と医学系のバリューの時代差だったり、理系から金融などへの文転だったりなのだが、こういうのを見ていると数学を使うってのは存外に面白いことなのだなと思えてくるから不思議だ。
 この本を読んだ最大の収穫は数学に対する僕の偏見が一部解消されたことにあるのかもしれないとすら思えてくる。

 時代の背景はやはり刻々と変わるものなので、個人的には日本の大学にいってバリューを出そうとするよりも、例えば海外の大学にいってバリューを出そうとするほうが(行く大学にもよるけど)日本においてはそのバリューを発揮しやすいのではないかなとも思う。日本といえば何故か海外の大学に留学していることがものすごいステータスになるような学校だしそれはうちの大学においてもそうなので、むしろその世代に入ってしまった僕らとしては真剣に海外など学ぶべき場所を換え、それを持ち帰ることで社会に還元するという一昔前に流行った所作を再び行うべきなのではないかという気すらしてくる
 それが大学への留学という形態を取るのか、バングラディシュでの社会企業を通じての学び、となるのかはまだよくわからないけども。とりあえず海外のそこそこ以上の大学にいったほうが「競争」というものを強く意識できる確率が高いというのは間違いないことなのであるし。

theme : 読んだ本。
genre : 本・雑誌

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