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対話296 池谷 裕二 『ゆらぐ脳』

2010.03.09.14:48




個人的読みやすさ:B
読書時間:1時間半


 還元主義をとらないサイエンスの探求方法は「他のサイエンティストに理解してもらうこと」も含めて難しいのですけれど、分子生物学を離れた視点から眺めて実感することは「分子生物学は生命の原理について大変な理解をもたらしたけれど、サイエンスの『分かる』をステレオタイプにしてしまった弊害もあるのではないか」ということです。分子生物学が生命科学を席巻するまでは、「分かる」の定義や基準はもう少しやわらかいものだったのではないでしょうか。
 「分子が分からなければ、何も分かったことにならないのではないか」は、サイエンティストの思考能力の退化につながるところもあります。(p.226-227)


 池谷氏の他の本よりも、よりエッセイ的な要素が強く出ている本。直前に読んでいた『脳はなにかと言い訳をする』と表紙の感じも似ているし同じような内容構成なのかなと思ったらかなり違い、よい意味で発奮させられた。

 この本で取り扱われているのは脳内の現象である『ゆらぎ』だけではない。そのトピック自体はとても興奮させられるものだったし、実際それはこの本に全体的に通じているテーマだと思うけれども、池谷氏は現在科学の中で基本とされている考えのいくつかを「それだけでは視野が狭まるのではないだろうか」と問題提起をしていてそれが刺激的なのだ。

 たとえば科学において、「仮説をまず立てる」というのはきわめて一般的である。しがない学部生の僕であっても授業でそう習っているわけだし、実際実験をデザインするときにはこれをやらなければやってられない。しかし池谷氏はむしろ仮説を立てない方向にシフトしているという。社会科学的なことがメインな僕としてはこの方法を果たしてとることができるのかはよくわからないけれども、確かに「当然のこと」と共有している知は大きな推進力を生むと同時に見過ごしてしまっている部分をつくってしまうのだと思う。特にそれが脳のような、複雑で再現性が必ずしも毎回あるとはいえないものの場合。

 僕が個人的に読んでうれしかったのは、研究者としての素顔を見ることができたような気がしたことだ。今まで研究者が書いた本はそこそこ読んでいたけど、あんまり研究者の書いたエッセイを読んだことはなかったので、「この人たちはこういう歴史をもって、こういう考えをもって今研究者をやっているのだなあ」と思えたことは非常に意味深いことだった。

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