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対話321自己啓発書をいくつも読むことに意味はあるか?

2010.03.28.15:23




和田 秀樹 『お金とツキが転がり込む習慣術―「運のいい人」には理由がある』


個人的読みやすさ:A
読書時間:20分


 人と話をするときも、自分の取り柄や長所を小出しにする人は多いけども、最初にインパクトのある話から入ったほうがいい。自分の一番の売り物を、会う人すべてに必ず話していると、後々、誰かが食いついてくれるものだ。人と会ったら、最初に自慢話をすることでチャンスは大いに広がるのだ。(p.200)


 和田秀樹というと受験本の人、という印象がまず僕の中に来て、次にこの手の自己啓発的な内容のものがくる。最近は劇だとか映画だとかそこ等辺で活躍をしているという噂も聞くし結構良いらしいよという評判も聴くけど、生憎僕はまだまだタッチしていない。読書に比べこの映画とかの敷居の高さはどこから来ているのだろう。あ、いや、それはあくまで僕の中だけでの話だろうけど。

 和田秀樹の自己啓発系の本は今までも数冊読んだことがあるので、さらっと読んでこの本が今まで読んだ本と言っていることはたいして変わらないな、ということはすぐに気づいた。ただ言い方を変えただけ、文脈を少しいじくっただけ。個人的に参考になったのは引用の部分と、「プレゼンのときに10万円くらい胸に潜めておくと自信がもてるよ」と書いてあるところくらいで、後はすべてどこかで見たような文句ばかりであった。

 でもんじゃあこの本を読む価値はなかったんか?というと、決してそうだと言い切れないところに読書の面白さはあったりする。確かに僕はこの本の内容の90%以上は「知ってる」。自己啓発書にありがちなこととして、和田秀樹に限らず大体みんな言っていることは似通ってくるものなので、別に和田秀樹の今までの本を読んでいなくても大体こういう内容が書いてあるだろうな、ということは容易に察することが出来たし、実際にその通りだった。ある程度自己啓発書を読んでいると、目次だけで何がいいたいのかその大体がわかってしまう。本書も例外じゃなかった。

 しかし同じような内容を、少し違った切り口で、しかも時間の感覚を空けて読むということはそれの習慣化を促進・あるいは維持するという面においてそれなりに優れたパフォーマンスを発揮するというのも個人的経験からいって確かなのだ。
 体力維持装置じゃないけど、定期的に自己啓発書を読むと自分がどういう人間でありたいのか、再考する機会が与えられるように僕は思う。一回で読んでそれを常に規範とするだけの没頭力がある人は別にそんなの必要ないのかもしれないけど、生憎一つの本からそこまでの影響を受けるほど僕にその没頭力はないし、それは少し危険なことであると思う。
 一つの物事を捉えるとき、複数の情報源から当たるというのはその対象を立体化させることにも繋がるし、なにより文字そのままではなく体感的にそれを学習することの手助けをしてくれるように思えてならない。

 おそらく、多くの人間にとっては、自己啓発書に頼らなくても何か違う規範があり、それにのっとって生きているに違いない、と想像する。
 しかし例えば僕のような人間の場合、何か武道をやっているわけでもなく宗教を持っているわけでもなく、自分を鼓舞し続けるコミュニティにそこまでかかわり続けているわけでもない人間の場合(コミュニティに関しては最近獲得しつつあり、故に最近自己啓発書を読まないのかもしれないが)、この手の本を、定期的に読み続けるというのはそこまで悪くない戦略だと思う。
 勿論、「読書をしています」と言い張るときにその中身が自己啓発書ばっかりだったりすると白眼視されたりするのでそこは充分気をつける必要があるわけだけど。

 そういえば僕の部屋とか割と自己啓発書ばっかり並んでいるので人を招くときにちょっと恥ずかしいな、ということを思い出した春。一年前の今頃は自己啓発系の本ばかり読んでいたということを思い出す。

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