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対話322 本は頭から尻まで全て読まなければならないのか

2010.03.29.10:31




岡崎 伸郎 『精神保健・医療・福祉の根本問題』

個人的読みやすさ:B
読書時間:20分


 1984年に起きた宇都宮病院事件をきっかけに、精神科病院の入院患者に対する非人道的な処遇の常態化が社会問題化し、国際社会からも非難されることになった。これを受けて国も重い腰を上げ、ライシャワー大使殺傷事件の影響下にあった1965年に改正されて以来の枠組みだった「精神衛生法」の大幅改正に着手した。その結果、1987年に「精神保健法」が誕生したのである。(p.31)


 対話というよりはインタビューに近い読書第3弾。僕の今回のリサーチのテーマはメンタルヘルスを取り巻く社会環境だったのだけど、対象が特にメンタルヘルスに関する一次医療(予防など)の範囲にいっていたので、二次医療や三次医療を特に濃く書いている本書では少し僕のほしい情報とは外れることが多かった、という印象。メンタルヘルスに関する法律だとか、そこ等辺のことをまとめて扱っている本はなかなかないので、そういう情報を俯瞰的に見たければこの本は非常に役に立つと思う。出版も2009年で2010年現在あまり色あせている感じがしないのも大きなポイント。

 ということで僕がこの本について語れることは非常に少なく、人によっては「それが読書といえるのか」と言われてしまいそうなところなんだけど、しかし一応その本に接したのだよ、ということを記録しておくことは僕にとって意味があることだと思うので書いておく。全ての本に対して平等に読み込まなければならない、というある種固定観念は読者を読書から引き離すことにも繋がると思うし、自分は今のスタンスに割と満足している。

 そう、読書と一言でまとめられている活動の中には様々な中身があるのだということを、まず僕らは認識しなければならないのだ。それは例えば愛という言葉に様々な意味と活動が内包されているように、読書という言葉も多義的なものなのだと思う。まあ愛をたとえに出したのはちょっとやりすぎというか自分でもこっぱずかしいのだけど、でも本質としてはそこまで外していないたとえだと思う。どうしても読書というと真剣に一から最後まで読まなくてはいけないと思ってしまうしそれはそれで素敵なこと(僕も基本的には普段そう読むことが多い)だと思うけど、でもそのルールを遵守することで手が止まってしまうくらいなら、そんなルールは壊されてしかるべきなのだ。

 この考えは今は悪名高い(?)フォトリーディングに関する本で僕が身につけたものだ。フォトリーディングに関してはその胡散臭さとか金ぼりすぎなんじゃないかとか色々と指摘があるところなんだけど、こういう読書に対する態度とかでは参考になることがとても多い。それに僕はフォトリーディングの効果をなんだかんだで信じているので、実際のところフォトリーディングをしてから読んだほうがそうでないときより速いし体感的にスムーズなのだ。ってまた話が逸れたけど。

 

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