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対話324 あなたには師匠がいますか?

2010.03.30.05:54




岩月 謙司 『女は男のどこを見ているか』


個人的読みやすさ:A
読書時間:20分


 人のウケをねらって、期待される人間になるとうするのではなく、自分が気に入った人の真似をしてみるのは、実は、自分らしく生きるための一つの重要な方法です。
 なぜ、師匠の真似をすると自分の個性が出てくるのでしょうか。
 ポイントは、自分の気に入った師匠というところです。気に入らない師匠の真似をしたのでは、自分の個性は発掘できません。気に入っている師匠というのは、自分の美学と似ている、ということです。似ているから惹かれるのです。同じ美意識を持っているのです。それゆえ、「自分の気に入った師匠」は、自分の美学を刺激してくれる人なのです。自分の美学というのは、自分の個性そのものです。自分の個性を刺激してくれるから、最後に個性が飛び出すのです。(p.168)


 うちの大学の性質上というべきかどうなのか、結構最近女性と接することが多い。それで色々と失敗したりなんだかんだあるわけで、ちょっとこういうときにどう振舞うべきなのか、どういう信条を持つべきなのかということが気になってしまって、でもそういうのって男の性だししょうがなくねっていうか、だからまあそんなこんなで本書を手に取ったわけです。我ながら言い訳がましいな。

 残念ながら本書の80%くらいは本題に関係ないただの自己啓発だったことは否めなくて、これってふつうにタイトル詐欺ではないかと僕は思うんだけど、ただ引用部分に関しては一つ思うことがあったのでそれを書いてみたい。

 師匠。今まで僕は何か専門的なことに関して、師匠と思える人を持ったことがない。特に技能的な事に関して。

 尊敬する人なら何人もいる。彼らは時に僕より年下だったりするし、同学年の仲間であったりするし、年上の社会人、はたまた実際には会ったことのない著者だったりもする。僕は彼らに影響を受けているし、彼らの存在は僕の世界観を形成するのに非常に大きな意味を持っている。そういう意味では、僕の個性形成の意味での師匠は大勢いるともいえる。

 ただ、何故か技能的な面での師匠というとあまりいない。これは何故だろうな、と自問する。守・破・離の思想が大事だと理屈ではわかっていながら自分のやり方を否定されることがいやというナイーブな理由からそれが由来しているのか、それとも僕がなんらかの技能を極めようと本当に思ったことがないからなのか。いくつも理由は考えられて、多分それの全てがその理由なのだと思う。一番大きいのは、なんらかの技能を極めようと本当に思ったことがない、というのがあるような気はするのだけど。

 では何故なんらかの技能を極めたい、と思ったことが僕にはあまりないのだろうか。
一つには、誰もやっていないことを自分の技能としてもっている、あるいは持ちたいということが考えられるだろう。たとえばイメージストリーミング。たとえばヴィパッサナー瞑想。たとえばフォトリーディング。たとえばマインドマップ。ここに挙げたものは後者にいくにつれ出来る人の数が増えていくと思うけど、でも絶対数から考えればこれらのスキルを身につけている人はあまりいないと今でも思うし、ましてや僕の属しているようなコミュニティにおいてはよりそうなのだろう。

 そしてそれは極めることからの逃避、とも受け取ることが一つには出来る。誰でも知っているような分野で、あるいは社会的な公認を得ているような分野で、トップを極めようとすることはなかなか難しいことだ。それに参加するためにはレースに参加することが必要だし、その際には師匠と呼ばれる人が絶対に必要になる。でも僕は多数の参加しているレースには今まであまり参入しようという気がなかった。大学にしてもそうだし(うちの大学を受ける人はやっぱりマイノリティなのだ、受験生の中では)、学ぼうと思っていることにしてもそう。多数の中にいるよりも、誰もいないブルーオーシャンに生息したい。それは確実に僕の一つの強い願望だ。ただ、最近この考えにもある種の変化が出てきたのだけど、それは今回の主題とはずれるのでまた違う機会に書くことにしよう。


 ただ、べつに僕は常にそういうスキマ産業を狙ってきた、というわけではないな、とここまで書いて思い出した。しょうもない例で申し訳ないが、僕が遊戯王カードにはまっていたときは結構本気で全国大会などを目指した瞬間もあったし(残念ながら地区予選の決勝で負けてしまったが)、あの時は授業中ですら遊戯王のデッキ構築などについて考えていた。しかしそのときも特に師匠と呼ぶべき人は特におらず、もっぱら書籍やネットの情報が主であり、あとは自分での実践を重視していたきらいがある。あのときに誰か師匠的な人がいたら僕の成長はより加速していたのだろうか?

 いずれにせよ、自分にとっての師匠探し、というのは今後の大きなテーマの一つになりそうだ、という予感がビビっとする。
 自分のやっていることに関連したこととしてはイメージストリーミングの創始者であるウェンガー博士などにも来年当たりお会いしに行く予定だけど、それ以外にも研究のこととか、読書のこととか、一回体系的に身につけてみたいな、と。

 しかし僕は読書メモにかこつけて自分の話ばっかりしてるな、と書いてからすごい思った。

comment

Secret

2010.03.31.23:56

自分の気に入った師匠を真似る、という視点で、個性が出るというのは面白いですね!!
んーやっぱ今の時代、肥田氏みたいな例外を除くと誰かに教わるとかのほうがよさそうですね…。
原田翔太さんの本で、ウェブサイトをひたすら作ることで経験知を得るみたいなことが書かれてたのですが、特典のほうには実は専門学校でもとあったので、師匠じゃないけどやっぱ教わるのは今の時代有効なのかなーと思ったり。

フォトリーとか、主体的読書においてはむしろ、自分のことを中心に、本の内容を活かすというほうが正しいと思うので、これはこれでありだと思います。
まあ、分析的な読書のときではまた別だと思いますが。

2010.04.08.23:01

大幅に返信が遅れました…。

だれかに教わるという点、僕もあまり実践できていなくて、いろいろと危機感を持っています。多分師匠を持たない利点みたいなのもあると思うのですが、特に指標的に成果が図れるものに関しては弟子入りしたほうが手っ取り早いかなと。
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