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対話330 何事も余白が必要で、真黒な紙には何も書き込めない

2010.04.24.13:15



松枝 史明 『実践的ライター入門』


個人的読みやすさ:B
読書時間:40分


読者の多くは共感したがっている。そういう人たちは、書かれたものを「そう、そう」とうなずきながら読んで、書かれてないことまで勝手に補完しながら、自分で納得していく。その余地を与えてくれるのが控え目な文章なのです。(p.206)


文章をもうちょっとまじめに書こうかしら、と思って読んでみたらびっくり。これは良い本。

 特に共感出来た、というか確かにその通りだと僕が思うのは引用部分にある個所だ。
僕はどうしても形容詞とかを多用してなんでも細かく喋りたがる傾向があるのだけど、本書の指摘にあるようにそれだと相手が参加する余地を狭めてしまう。
多少のトリッキーさを出すための表現などなら全然ありなのだろうけど、それを多用しすぎると観客のいないサーカスみたいな悲しい惨状になりがちなのでこれから文章を書くときはこの言葉を充分に胸に留めておきたい。

 また、このことは文章を書くことだけに限らず、日常の会話でも、ひいては学問における態度においてもいえるのかなという風に思う。
非常に私見ではあるが、もてる女の子ってのは往々にして喋りすぎない娘であることが多い。
僕はそこに”魔法”が入りこむ余地があると思っている。
喋らないからこそこちらは自由に想像を書き込む余地を残されるのであって、喋りすぎて真黒になったノートには何も書きこむことが出来ないのだろう。

 かといってまったく表現をしなさすぎるのもそれはそれで問題ではある。
僕らが他人に、そして文章に求めているのは「余白」なので「真っ白の紙」ではない。
真っ白の紙の前に立ったら何も書けない、ということはなんとなく想像的にはわかりやすいことで、やはり0から何かを生むより1にいろいろとつけたしていったほうが精神的にも楽なのだ。

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