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対話331 物質の完全なる停止はその質量を無限大にする

2010.04.25.13:57




朝日新聞社 『仕事力 青版』

個人的読みやすさ:A
読書時間:20分


自分を追い込むような勉学や仕事を続け、乗り越えてきた人は見るからに集中力が違い、問題や新しいアングルを発見する力が違いますその厳しさがあなたの仕事を面白くするはずです。(p.191)


 僕は、今まで余熱で生きていたような男だった。

 というのも、やはりそれは自分にとって楽で、無理のない生き方であったからだと思う。
今までなんだかんだ、そこまで大した努力もなく生きることが出来てしまっていたというのが一つの要因だ。
そう書くとちょっと偉そうに聞こえてしまうかもしれないのだけど、事実僕は何かに真剣に打ち込んだことはない。自分を追い込むようなレベルで、何かをしたことなんて経験にないのだ。まぁ、中学生の頃のカードゲームに関しては確かにのめりこんでいたともいえるけど、その時も別に自分を追い込むことはしていなかった。

 自分を追い込むことは多分、一つのギャンブルなのだと思う。
最近いろいろな団体の活動をしているせいでちょっと追い込まれることが増えてきたのだけど、そういうときにそれを痛烈に感じる。
ここを乗り越えたら多分大きなリターンがあるのだろう。
だけど失敗してしまったらもうそれでご破算。
ふつうのギャンブルとの違いは、すべてが運任せなのではなく、ある程度自分がコントロールできる(と思える)というところだろうか。

* * *

 余熱で生きていた僕がなんらかのリスクテイキングをして、自分を追い込むのも悪くないなと思ったのは友人からの影響だった。

 彼は僕なんかよりもはるかに凄い人で、でもそんな凄い人にも今まで自分を追い込むほどの努力と苦難が連続していた。
彼はつい昨年ほど一つの大きな苦難を乗り越えて、より大きな魅力を出すようになっていた。
余熱でもそこそこ生きることが出来た自分にとって、それは確かに衝撃だったのだろうと思う。
彼は別に余熱で生きることが出来るだけの能力は十分にあるのに、それでもなお自分を追い込む場に身を投じて、魅力を放っている。
自分もそういう場に身を置くことが出来たら、とそこから次第に思うようになっていった。

* * *

 僕の今やっていることがはたして本当にプラスに働く形での追い込めなのかはわからないし、それが自分の将来にどうつながるかもいまいち見えてはいない。
けれども、自分を追い込むというスキルはもっと開発しても良いと思うし、自分の体を壊すことを過度に恐れていたら長期的に失うものもきっとあるのだろう。
僕は心理学を学んでいる手前、オーバーワークをするということを非常に毛嫌いしてきた。そんな僕だからこそ、多少やりすぎるくらいのほうがもしかしたら丁度いいバランスを保てるようになるのかもしれない。

 精神と肉体のバランスを壊滅的なレベルで壊さない程度に、ちょっと自分を追い込むような環境に身を投じたい、と思う。少なくともこの年齢のうちは、ね。

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