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対話332 鬱☆国家

2010.04.26.14:24




岡崎 伸郎 『メンタルヘルスはどこへ行くのか』

個人的読みやすさ:B
読書時間:30分


さて、日本の大学教育に目を遣れば、その実態は実に心細くなる。約80の医科系大学や医学部がひしめいているものの本格的に児童精神医学の講座を持つ大学は皆無である。講義でさえ児童精神医学の時間数はお寒くなるほど少ないのである。医学部の精神医学教室の教官に児童精神医学の専門化がどれほど配置されているか。こうしった諸外国の現状を見ると、日本の医科系大学では児童精神医学を専攻する医師を養成する体制にないとさえ言える。(p.81)


 対話というよりはインタビューに近い読書第5弾。
例によってあるプレゼンテーションのために前日頑張って読んだ本の一つであり、全体的にわかりやすい内容であったのが印象的。

 昨日イギリス人たちとご飯とカラオケにいっていろいろと話す機会があったのだけど、彼らの社会と日本の社会は本当に全然違うのだなということを認識させられた。
”先進国””文化国”ということで繋がっているところももちろん多々あるけれども、だからこそ社会の性質として大きな違いがそこに横たわっていることを忘れないようにしたいなと思う。


 たとえば、このメンタルヘルスに関する社会的な認識にしてもそうだ。
僕の友人のイギリス人は少し前抑鬱を患っていて、イギリスで流行っている認知行動療法などにも結構お世話になっていたという。
鬱が多いというのは”先進国”でよく見られる特徴の一つだが、イギリスでは鬱を患うこと、認知行動療法を受けていることを他人に話すことに日本におけるほどの抵抗はないらしい。

 もちろん見ず知らずの人とかそこらへんの人に話すトピックではないのだろうけど、日本では相当親しくなってもその手の話題に触れることはタブー視されていることが少なくない。メンタルのことはどこか伏せておくべきこととして、自分の気持ちを引きこもらせていることがよくあるのが日本なのだと思う。

 社会的不安(Social Anxiety)も日本における非常に顕著な特徴の一つ、ということをその女の子は言っていた。
日本にずっといるとまるでそれがスタンダードのように感じてしまうけれども、ちょっと視点を変えてみればものすごく異常なことだった、ということはよくあることで、多分日本はそのガラパゴス的な性質がゆえにその割合が非常に大きいのだと思う。

 なんでもかんでも外国に追従しろ、と言いたいわけじゃない。
そういうわけじゃないけど、でも自国という存在を浮かび上がらせるのに住んでいる場所を変えてみる、というのはきっと多くの発見をもたらすのだろう。

 僕はこの秋にアメリカへ行き、大体1年間くらいそこで住むことになっている。そのことが僕の日本という国を見る目をどのように変容させるのか、そこに興味がある。

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