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対話341 酒井 健 『シュルレアリスム―終わりなき革命』

2011.06.03.12:21



個人的読みやすさ:B
読書時間:1時間


非順応主義の二つの面、それは、眼前の現実を気にかけず、そこから離れていくという面と、この現実を否定し改めていくという面である。(pp.7)

シュルレアリスムも新たなものをめざした。そのめざすべき新たなものについて、ブルトンが用意していた答えはいつも同じだった。近代社会のなかで分離しているものを接合するというのがそれである。(pp.36)

口頭での表出ならば、つまり叫びやひとりごとならば、意識が介入してくる余地は少なくなる。しかし文字を綴り出すと、たとえそれが落書きであっても、意識は介入し始める。書き言葉は意識の王国なのだ。(pp.61)

ブルトンはこのような外面的な現実から離れたときに現れる格別な雰囲気を「超現実」(surrealite)と呼んだ。人や物の外観に囚われない「放心」の状態で遭遇できる驚異的な気配を「超現実」と呼んだ。(pp.85)

「無限」だとか「永遠普遍」などという超越的な発想とは無縁のところにいた大方の中世の吟遊詩人は、自ら歌った詩歌を書き残すという必要性を感じなかった。文字を知らなかったからだというのは近代人の傲慢な理由付けだろう。彼らにとって、神話はその場で消えていけばよかったのである。それでこそ、神話であったのだ。神々しい語りであったのである。「神話の不在は神話の喪であり真実である」というバタイユの発言が指し示しているのもも(文中ママ)このような姿勢だろう。(pp.205)

ブルトンはけっしてキリスト教の再興を願っているわけではなく、また民衆の思考を鈍らせようと思っているわけでもない。かつて原始キリスト教や中世のキリスト教にも見られた神秘的な宗教体験の力に期待しているのだ。(pp.187)

彼らにとってオーラとは、この外界の事物や現象の放つ力が人間の内面の欲望を刺激して生じる現象にほかならない。双方の「あいだ」に生じる何ものかなのである。近さ、遠さという物的な距離感がなくなる出来事なのだ。そしてその衝撃性、輝き、雰囲気が、同じ複製写真を前にしてさえ、一回ごとに異なって生じるのである。オーラは一回きりであり、かつ、違う表情で反復されうるのである。(pp.206)

『そして芸術家もまた同様に、今まであれほど欲していた個性というものを捨て去り出すのです。こうして芸術家は突如、宝の鍵を手に入れるのですが、しかしその宝は彼の所有物にはなりません。どんな巧妙な手をつくしても、それを自分のものにすることは、彼にはできないでしょう。というのも、この宝は集団の宝にほかならないからです。』(pp.222)

ブルトンが言う神話とは、神々しいほどに衝撃性を放つ無意識的欲望の表現のことだ。(p.225)


僕は昔からシュルレアリスムというカテゴリーに区分されたアートが好きなのだけど、この本を読んで絵画として表出されるアートとしてのシュルレアリスムだけではなく、その裏側にある精神性のほうでも同調しているのだということに気付いた。

特にこの本を読んで思うことは、僕がやっている能力開発の一つの手法であるイメージストリーミングとシュルレアリスムの近接性についてである。まあもともと両者とも精神分析に端を発しているのだから当たり前といえば至極当たり前のことでもあるのだけど、精神分析が精神医療を、シュルレアリスムが精神性の表現を、そしてイメストが問題解決を軸にしているところに差異があるというのはとても面白い発見。逆にいえば精神分析の基本的な技法というのは、多少マイナーチェンジを加えながらも決して精神医療にとどまるだけではないということを伝える証左でもあるのかもしれない。さらに言ってしまえば、精神医療、表現、そして問題解決というように別々にカテゴライズされているような物事でも本質的には一つの繋がりがあるのだということを示しているのだろう。

イメストという技法をある程度身に付けたと思っている僕としては、加えてイメストという技法がシュルレアリスムの再興につながるのではないかと勝手に感じている。というのはシュルレアリスムの代表的な技法である「児童筆記」というのは本文中でも一部指摘されているように所詮は言語にとらわれたものなのである。イメストももちろん発話をするため最終的には言語というアウトプットに頼ることになるのだけども、最初にまず脳内で起こる現象ありきでそれを記述するという方法をとっているため、より現象と記述が近い自動筆記よりも効果的に現象を表現できるのではないかと思っている。シュルレアリスムが隆盛していた時はレコーダーのようなものが存在しなかったため、音声収録というのは技術的に難しいというのは理解できるけども(そういった素材が揃っている現代ではシュルレアリスム的にそのへんはどう考えられているのだろう?)。

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