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対話352 舞城王太郎 『イキルキス』

2011.08.06.14:55



読書時間:2時間
個人的読みやすさ:C


 それが自称であろうとも霊感に支えられた確信を持っていようともいかにもこいつは名探偵らしいかもなと僕が思ったにせよ、とにかく自分に役割を振ったわけで、役割というものはなかなか強く自分を縛ってくれる。(pp.14)

「創世記では最初の一週間とされているけど、実際には六日間で世界は出来上がったんだ。一日目に光と闇が、二日目に天が、三日目に大地と海と植物が、四日目に太陽と月と星が、五日目に魚と鳥が、そして六日目に動物と人間が生まれ、七日目、最後に神はただ休んだんだ。七は聖なる数字で六はそれに一つ足りない不完全な数字とされることもあるが、六で全ては終わっているんだ。それに六は完全数だ。福島、完全数って意味を知ってるか?」(pp.15)

 何でもじっと見てると好きになる。(pp.30)

「何やってそれー。もー。」
「嘘や」
「ああ?」
「俺も、好きな子いるう」
「誰」
「八木」
「はいはい」
「ホントやって」
「いいから」
「……とこのようにして俺の生まれて初めての告白は流されていくのでありました」
「アハハ。私も福島のこと好きや」
「愛しているよ」
「ふふふ」
「ホントや。死なんといてほしい」
「………」(pp.50)

 希望は何にでも見出せるのだ。(pp.54)

あれ?違う?何か言葉にしようとしても難しい……のは全部真似、なんちゃっての範囲を出ないからだろうが、中学生の感情なんて、恋愛を含めてそんなモンだ。でも嘘じゃない。偽モンじゃない。ウチらの本物は、こういうふうに演技的な感じに表れるのだ。たぶん自分にばっかり興味持って自分のことばっかり見て考えてるからだろう。(pp.81)

でも、僕が言いたいのは、家族力を合わせて頑張ろうとか、弱いものもそれなりに人生を楽しめるとか、これから人生を生きていくため、生き続けるためにちゃんと強くなっていかなきゃいけないとかじゃなくて、やっぱり、今僕らは、弱いように見えても、これってつまり、強いってことじゃないかってことです。(pp.211)

人生の本当は、嘘や偽物もひっくるめて飲み込んでしまって全部合わせたものなのだ。(pp.215)

僕がなんかうっかりコンビニのマネージャーとかになってバイトを雇うときには、応募してきた奴が高校中退でこれまでいろいろ問題を起こしたことがあったくらいじゃ切らないぜっていうパオパオパ。(pp.218)


 僕が舞城を愛していることはこのブログでもたびたび書いていてそろそろ狂信者からさらにもう一段階くらいレベルアップするんじゃないかと最近思っている。なんだろう、聖信者とかかな。聖って自分で名乗った瞬間に狂っていう言葉が持つ狂気を軽々と飛び越えるから言葉って面白い。

 ところで、最近その人が最も影響を受けたという本を読むことの面白さを実感している。
その人がなぜそういう人間性で、なぜそういう志向を持っているのかというのは、その人が何から影響を強く受けているかを知ることである程度を知ることができる。別にすべての人が本からものすごい強い影響を受けているわけではない。だけどそれを差し引いても、本が人にもたらす影響は強い。確率的に、その人が血肉に感じているようなものを尋ねるとき、本をその対象に挙げる人は割合多いというのが経験則だ。

 舞城は僕にとってまさにそのような本。
つまり、僕がもっとも影響を受けていて、これを読まれることで自分の手札の少なくとも一部が相手にわかってしまうような本。人生、どこでそういう本にぶつかるかは人それぞれであると思うけど、僕にとってはそれは高校生の時であり、そして多感とされるこのくらいの時期にそういう本に出会う人は少なくないだろう。楽しむということ以上の意味をそこに見出すことができた人は、なにはともあれ、非常に幸せなことだと思う。

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