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対話372 渋沢 龍彦 『黒魔術の手帖』

2011.09.17.17:07




読書時間:1時間
個人的読みやすさ:C


 タロックを用いるひとが、それぞれ独自な解釈を引き出せばよいのである。こんなことをいうと、いかにもあやふやな無責任な説明のようだが、だいたい魔術というものは、どんな種類の技巧呪術であれ、決して一定した理論によってことごとく合理的に説明し切れるものではない。魔術を用いる人間がつねに問題なのだ。
(p.78)


 まず、引用のページ番号は渋澤竜彦全集2におけるものであり、リンク先に示した文庫版のものではないのであらかじめ。

 サイエンスとアーツ、その両方の名前を冠した大学なんかにいるとどうしても両者のことについて考える機会が増えてしまって困る。僕の場合、最初に志したのは心理学だった。中学生ぐらいの出発時点はいわゆる”アーツ”としての心理学に興味があったはずなのだが、いつの間にかそれは大学に入る頃には”サイエンス”としての心理学にすり変わっていた。どうやら心理学界隈で“アーツ”としての心理学は受けが悪い、ということを知りつつあったということもあったかもしれない。そこで”アーツ”としての心理学を回収出来そうな認知心理学、および神経科学に興味が転じていくのも、我ながら割と自然な流れなのではないかなという気がする。それが自分の興味の中心トピックでないことはうすうすと感じてはいたものの。

 そのような関心はしかし、もともと抱いていた根元的な関心の前に敗れ去り、結局のところ僕は”アーツ”サイドに還ってくることになる。しかし”心理学”としてアーツをやることは、内部に少しでもいれば判ると思うが少々息苦しい。では自分のいるべき場所はどこか?を考えた。哲学、科学哲学、現象学、文化人類学、心理人類学、医療人類学、人間科学、あるいは臨床心理学……?この辺の枠組を右往左往しているのは今でも変わらないけど、とにかく”アーツ”を研究課題として扱おうということがはっきりしてきたことが、僕が4年ばかし大学に通ったことで得た一つの発見なのだろう。

 そしてアーツと言うものを考えたとき、現代では荒唐無稽とされる「魔術」「呪術」についてしばしば考えざるを得ないことになる。皆にとってはどうかはわからないけど、少なくとも僕にとっては確実に。

 もともと魔術というのは人間の文化的本能(と言ってしまっていいだろう)にそこまで逆らうものではなく、むしろ其の本願である。ちょっと医療人類学を齧ればわかることだが、人間の医療にまつわる様々なところに呪術的な思考がある。それは石器時代にまでさかのぼる必要はなく、17世紀の医療は科学ではなくベースに呪術的対応があったし、現代においてもそれに満ち溢れている。でなければ疑似科学と云ふものがこんなにまで溢れているわけがないのではないだろうか?

 何を持って科学とし、何を持って非科学とするかという科学哲学の問題も僕の中で一つの中心的テーマなのだが、それに対立(科学という意味を広くとれば対立すらしないが)する「魔術」「呪術」を探求することも、必然的に一つの中心的テーマになってくる。現在ではすでに「古いもの」「克服したもの」とみなされがちなものは、存外私たちの生態に根深く食い込んでいる。

 そもそも、わたしが何より魔術に心惹かれるのは、「科学の世界では存在が至上のものであるのに、オカルト(神秘学)的宇宙は所有の王国である」というロベエル・アマドゥ氏の公式によってあらわされるような、魔術の基本的性格のためである。
(p.14)

 こんな工合に、カバラ派は知識を重要視する。知識こそは力である。キリストの代りに、申請な知識をあらわす蛇(ウロボロス)が十字架にかかっているような絵があるが、これはこの間の事情をよく説明している。
(p.32)

 薔薇十字団の思想は、しかし、政治的というよりもむしろ純粋に魔術的である。彼らは知識と行動によって、全人類が京大足りえるような世界に近づくことができると信じたのだ。
(p.51)

 幻影が消えても、しかし、彼女たちは失望しないだろう。むしろ一度見たあやかしの夢は、あらゆる日々の貧困や苦痛を色あせさせるほどに、いやまさる強烈な期待の念をもって、彼女たちの今後の生活を律していくだろう。
(p.94)

「逆行の衝撃」を避けるためには、呪術師はどうすればよいか。十九世紀の大学者スタニスタス・ド・ガイタの意見では、第二の補助的な呪いの対象をつくっておいて、第一の呪禁が破られた際の流体の逆行を、第二の対象に受け止めさせるようにする。また別の意見では、呪いを行っているあいだ、魔法サークルのなかから決して出ないようにし、自分の周りに一種の霊気をはって、逆行する流体を跳ね返すようにする。
(p.156)

 精神医学が認めているところによると、ある種のひとびとにとって、教会音楽は色情的な恍惚感を誘発する。
(p.168)

 だから、オカルティズムの思考方法は、当然、科学の方法と違う。実験を基礎としている点は同じであるが、科学のように分析的ではなく、直感的かつ類推的である。いかに知的好奇心が旺盛で、魔術の本をたくさん耽読したとしても、それだけでは秘密の領域に推参するのは不十分であろう。しばしば段階的な、長い自己鍛錬が要求される。
(p.212)

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