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対話409 田邉 信太郎(編), 弓山 達也(編), 島薗 進(編) 『癒しを生きた人々―近代知のオルタナティブ』

2011.12.25.16:16

 ここに森田の精神療法の考え方のエッセンスがある。つまりわれわれは自分を知ることによりより不安を解消したり、コントロールすることが本当に出来るのか、われわれの精神の活動を自分の都合のよいように操作できるのか、そのように心を支配し操作しようとすること自体がわれわれの悩み、苦悩の原因ではないのかと森田は鋭く問う。
(p.155)


 何かを操作しようとすることは、それが他人であれ自分であれ(というよりも「自分」はより「他人」に近い)、力学的な行いであると最近とみに実感する。

 力学的な行いであるということはそこに力が働くということであり、つまりそれはピストルを撃ったときに反動がこちらにも来るのが必然のように、自分自身への操作も含みうる。つまり、有名なニーチェの言葉を改変するのであれば、何かを操作しようとするとき、自分自身もまた操作されている。

 知るということはその対象物を――本当は液体ないしは気体のような性質を持つ対象物を――言葉によって凝固させる行いである。それでは多くを取りこぼしてしまうし、全体のバランスを良かれ悪かれ変えてしまうのだろう。既知の範囲の自分や他人を変えようとすることはその不完全な切り取られた一部に働きかける行いであるといってもよく、ゆえにここから歪みが生じないというのはありえない。

 もちろん、知るという言葉にはいろいろな意味があって、もっと深いレベルでの場合はケースが異なる。ではその場合の知るというのが何を指すかということだが、これは単純に身体レベルでの知ということになるのだろうなあというのが今のところの印象。あるいは夢とかの無意識的レベルといってしまってもよいが、身体レベルのほうがごまかしというか幻想が入りにくいのかなという気もする。



そして、米国では1002年度にNIH(国立衛生研究所)の中にOAM(代替医療局)を設けて、本格的研究を始めた(1988年にナショナル・センターに昇格し、NCCAM=National Center for Complementary and Alternative Medicineとなり、1999年度予算は5000万ドル)。
(p.5)

 ところで森田に関して付言したいのは、およそ病の両方は自然良能(自然の力)を助けてこれを発揮・増進せしめ、もって常態に復せしめ、さらに進んで病に対する抵抗力をますます強大ならしめることになると、述べていることである。この観点に限れば、当時の代替療法家にも、これを基本とする者は、少なからずいた。
(p.16)

 新渡戸は、忙しい世の中では、絶えず沈思黙考の必要があると言い、例えば朝起きてからの5分とか10分、時を限って自室で黙視することを勧めている。その場合、場所を定め、姿勢を正しくして、世事に超然たる境遇に遊ぶこと、心を空しくして受け身にすること、等の注意点を述べている。
(p.21)

この頃に創案された臼井式霊気療法は、今日欧米でレイキ(reiki)と呼ばれるヒーリング技法として普及している。
(p.39)

そうして一人淡々と黙座を続ける日々を送っていたが、ある日、機種草木の松井が精神的な病を患っている自分の息子をどうにかしてもらえないかと相談してきた。岡田は即座に引き受け、その青年を自分のところへ連れてこさせた。岡田は青年を坐らせ、自らも青年の前に坐った。二人はひたすら向かい合って坐るだけであり、青年が疲れてくると休んだ。やったことと言えばただこれだけなのであるが、青年の様子は次第に変わっていき、10日もするとすっかり元に戻ってしまったという。
(p.57)

(前略)と、当時の天理教、ひいては新宗教に対するイメージが端的にうかがえる。すなわち「男女混狡」のいやらしさ、「医薬を廃せしめ」ようとする病気治しの非科学性、そして「紊りに寄付を」求める金銭的問題、の三点である。
(p.94)

 さらに「霊」の哲学は、「心」の哲学とは異なる疑似科学的性格を有していた。ここで門弟たちが多様な体験や専門的な知識・技能を有した人間であったことは注目すべきことである。
(p.123)

 精神分析をはじめたフロイトと同じく、森田自身も神経症に苦しんだ。その体験をつうじて自己治療結果を体系化したものが、森田療法として結実したと考えることもできる。
(p.131)

 心身の不調を訴える人びとのために、どの社会でも多数の援助方法が用意されている。例えば家庭薬をのむ、親族や友人に助言を求める、民間の治療師や宗教家、あるいはあるいは意志を訪れる、など。もちろんこうした方法のどれかが利用でき、費用を支払えることが前提となるが、場合によってはひとりで同時に、あるいは順繰りに他の方法を利用することもあろう。社会が大きくなり
複雑化すればするほど、こうした治療選択の自由度が広がる。要するに医療の複数化、多元化が進行するのである (ヘルマン、1990)。A・クラインマン(1980)はヘルス・ケアを通俗、民間、専門の3つの分野に分類したが、前述したさまざま医療の形態もこの分類のどれかにはいるだろうし、民間は接骨医、助産婦、漢方医、霊的治療師、シャーマン、専門とは現代の科学的医学を修めた医師などがこの分野に含まれる。
 森田療法はそれが創始された敬意や、その後の発展の経過からみても、精神医療の内部では精神分析と並んで科学的精神療法として位置づけられている。
(p.134)

 この時代に、西欧と日本でそれぞれ独自の神経症理論が同時に生まれたことは、単なる偶然としてかたづけられない。この世に生きる人間の心のしくみや悩み、そこから生じる不安や葛藤を科学的に解明しようとするはじめての試みが、東の森田療法、西の精神分析という治療法に結実したのである。神経症の病理がこの場合かっこうの標的になったことは共通するが、対象の選択は違った。日本では神経質、西欧ではヒステリーがモデルとして選ばれたのである。
(p.136)

 生馬の、このような広い意味での宗教や癒しの問題によせるなみなみならぬ興味や関心は、その後も絶えることはなかった。成人してからも加持祈祷、気合い術、太霊道、腹式呼吸、白隠禅師の内観法、坐禅、その他各種多様の民間信仰や通俗療法のたぐいをみずから熱心に追試してみた。彼は終生、特定の宗教の信者になることはなかったようであるが、仏教やキリスト教の研究に没頭した時期もあった。
(p.139)

森田がフロイトの精神分析に批判的であったことはよく知られているが、その理由の一つはその時代の精神医学会のつよい反感が背景にあると思われる。二つには両者の出発点が森田は強迫神経症、フロイトはヒステリーと違っていたことだろう。この関心の向き方の相違が、2人を別々の道に向かわせる動因になった。三番目の点であるが、2人の人間観、世界観、それに治療観の違いがあげられる。いまここでの姿勢を重視し、人間一般に内在する自然の治癒力と生の欲望を信じた森田と、「幻視の未来」に良く表現されているような、人間の意識の中に抜きがたくすみついている非合理な力の存在と、自分自身についての真実を知ることを拒むような人間のさがにかんするフロイトの悲観主義的な見方は、相互に氷炭相容れなかったことであろう。
(p.146)

つまり欲望が苦悩、恐怖を生むと原始仏教では考えるのである (中村、1970)。そして原始仏教では欲望を否定することにより、苦悩からの解放を考える。
(p.158)

 西欧の知のあり方に触発された森田は、その精神療法の治療哲学の骨格に東洋的自然観と無私あるいは無我論を置いた。また東洋的自然観・無我の思想は、東洋の自然に対する認識の仕方と共に人と自然の関係さらにはそこに見られる自己のあり方を示し、東洋的自己心理学というべきものである。この森田療法の基本的哲学は、中国の老子・荘子思想、インドの原始仏教、そこから発展した大乗仏教の思想の根底を成すものである。
(p.161)

 以来この心で治療するようになったら不思議なことに疲れなくなったという。いくら大勢の患者が来ても一人一人治療する。心にはいつもその人ひとりしかないからそれ以外には心にはうつらない。その人が去れば心にはもう何もなくなる。次の人が来ればその人のみが自分の心にある。(中略)この心の持ち方を体得してからは、むしろ以前より多くの人を治療することができるようになったと晴哉は述べている。
(p.246)

 今日、当時とは時代状況が異なる中で、伝統医療や代替医療など、近代知を相対化するような諸実践に、国際的な関心が注がれ出している。現在のところは、近代知による評価基準を前提として、本格的研究が進みつつある段階であるが……。また、社会的背景としても、国民医療費の急騰、医療関係の事故やトラブル、クオリティ・オブ・ライフ(QOL)の重視、国民の自己決定や選択の自由といった意識の台頭、生活の医療化、専門家支配に対する自治津製の確保、さらには近代の主要死因である感染症等の死亡率低下の近代医学の貢献が予想外に小さいこと等が、近代医学の軌道修正を促す契機となりつつある。
(p.274)

 以上のように、癒しの運動軍を新宗教や教養主義と並べて考察するとき、これら修養の伝統に関わる諸運動が、いずれも「生命」(いのち)の概念に強い関心を寄せるものであったことに気づかされる。
(p.277)

そして「坐」「心」「気」は密接な関係にある。「坐」「心」の問題は、現代ではボディワークや精神療法への注目となってあらわれている。もちろんヨーガや坐禅といった「坐」そのものの人気もあるが、身体技法が「心」つまり精神に、そして固体としての人間そのものに与える影響が探求されている。グループ・エンカウンター、ゲシュタルトセラピー、交流分析などの実践的な精神療法は1970年代のアメリカでのヒューマン・ポテンシャル・ムーブメントを経て、さらに東洋的な名双方や呼吸(=「気の行」)法を加味して、さまざまな実践を生み出しながら現在に至っている。
 「食」についても話題は事欠かない。健康食や自然食などに全く関心のない現代人はむしろ少ないのではないだろうか。これに対して「霊」については現代人に広く共有されている関心とは言い難い。だが、1970年代後半から台頭してきた、いわゆる新新宗教(阿含宗、GLA、真光系教団群)では、いずれも守護霊や憑依霊などの「霊」が中心的な課題である。そしてこの霊から人格性が薄まり、「スピリチュアル・パワー」のような使われ方をすると「気」に近い意味となり、また「霊性」といった場合には精神性=心と重なってくる。
(p.280)

そして何よりも近代に内在する諸問題が解決されることなく、その深刻さの度合いを深める今、かつての霊療術が「癒し」を重要なキーワードに含む新霊性運動-文化として再び台頭してきているように、近代という「未完のプロジェクト」への応答は今後も持続し、繰り返されるに違いない。
(p.282-283)

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